ピアノソナタ〜私がピアノに触れたとき〜
bless(ブレス)
「おはよう」


「美緒ちゃん、おはよー。
昨日は、ありがとうね」


「どーいたしまして。

ところで今日は自転車なんだね」


「……うん、遅刻しそうになっちゃったから」


学校ではダイエットで徒歩にしてるってゴマかしてる。


てへ。



それに折り畳み自転車だし初めて駐輪場、利用しちゃお!


って ただ それだけ。



いつも愛用してる自転車は、おばあちゃんが使用するから。


関係ない話だけど乗り慣れてない自転車だったから、おしりが痛い。



サドルに座布団を敷きたくなる。


これだから、でかけつは嫌よね。




「「「きゃーーー!!」」」


正門から女子たちの悲鳴……


いや…

黄色い声がこだます。



「なに 何?」


「琴羽ちゃん、きっとbless(ブレス)だよ!」


美緒ちゃんまで興奮気味に声を高々と上げて


「行こう!」


とあたしの左手首をつかみ正門へと誘導する。



正門から昇降口までの けやき並木がすごい人だかり

あたし、遅刻ギリギリだし

blessも 遅刻、早退、欠席の常習犯なので今まで、会ったことがない。


この学校に通って初めての光景に動揺する。



「全然、見えないよー」


「あれー、まりんちゃん!」


「琴羽ちゃん、美緒ちゃん おはよう」


「「おはよう」」





blessは今をときめく

7人組のストリングカルテット(アコースティックバンド)であり

クラシックの名曲などをベースに独自のアレンジを施したスタイルのクラシック・クロスオーバーと呼ばれ

数々の賞をものにしたトップが集い、実力はもちろんのことルックスもアイドル、モデル並みの美貌を持ち

CDが売れない、このご時世に

今までに発売したCDはクラシック界の記録を次々と塗り替えた。


そしてデビューして わずか2年でblessの人気は国内だけでなく海外までも不動のものとしてる。






「あたし、アルパの詩音(しおん)くんが好きなんだ」


「あたしも〜」


「詩音くんと一緒の高校に通いたいから勉強がんばったの」


「琴羽ちゃんはblessの誰押し?」


「えっ!

え〜と、リーダーの澄音(すみと)かな…」


「なんだ!リーダーなんだ」


「まあ、大人の魅力がたまんないよね」





この高校がレベル高い理由……



それはblessのメンバー2人が通ってるから。



2人とも名家の家柄なんだし私立でも余裕なはずなのに


なぜ この都立を選んだのか不思議である。



そのため女子校ばりに女子の比率が圧倒的に多い。




中でも

花京院 詩音(かきょういん しおん)高2はメンバー1の人気を誇る。


日本は男性のアルパ奏者、

アルピスタがめずらしいし

天使のような 妖精のような中性的な容姿が またアルパの魅力をあげる。



アルパを奏でるその姿は まるでギリシャ神話の太陽の神 アポロンが

神話の中から飛び出てきたよう。



さらに頭脳明晰だし リアル アポロンである。




「ねぇ、先回りして昇降口で待ってようよ!」


と美緒ちゃんが昇降口を指差す。


「えっ、そーだね!
まだ、あっちの方は人が空いてるみたいだし」


まりんちゃんが美緒ちゃんの意見に賛同し

2人は 瞬く間に昇降口へと駆け出した。



速っ!


あたしも短距離走なら自信があるのに追いつかない!


世界の壁は厚いんだな

と実感した。



「はぁ はぁ…」

息が乱れる。


2人は涼しい顔で なんとか前の方をキープしてた。


あたしも そんな2人に並ぶ。




…う〜ん


ここならば背の低い あたしでも背伸びすればblessを拝めるかも。




今か 今か とblessを待ち続けること数分。




黄色い声援のウェーブが すぐ横まできたかと思った そのとき


「きゃーーー!詩音くんっ!!」


「奏斗(かなと)さまーー!!」



熱い声援に両耳をふさぎたくなるが




…いたい

痛い…

押さないでよ。



満員電車のような人口密度に身動きがとれない。




と そのとき


「「「きゃーーーっ!!」」」


あたしたち前列は群衆雪崩をおこした。



「危ないっ!!」


と すぐさま男性の叫び声が聞こえた。


「押さないで!
冷静に!
落ちついて!」


と先程と同じ声の主が優しい口調で叫ぶと

さっきまでの熱狂と悲鳴が入り混じった空気が一気に静まり返った。


「後ろのコたち下がって」


と呼びかけると 後列のコたちは すぐに指示に従い、その場はパニックにならずに済んだ。



あたしは かすり傷もなく良かった、

と立ち上がりスカートのほこりを払い 声の主を探すと


目の前には詩音くんがいた。



回りの女子は目がハートマークになっているのがわかる。


「転んだコたち、大丈夫だった?」


と優しく語りかける詩音くんに誰も返事をする者はいなかった。

とゆーかトップアーティストに返す余裕がなかったんだと思う。


「詩音、その様子だと大丈夫みたいだ」


「そーだね」


詩音くんとは対照的な

冷たい態度の奏斗さまは あたしたちをいっさい見ることもなく…

まるで あたしたちに興味がないかのごとく背を向けて歩き出した。


「奏斗くーん、待って〜」


詩音くんが奏斗さまを呼び止めた





っどき





そのときだった。





……どきどき





切れ長で流し目がセクシーな瞳

一瞬 奏斗さまと目が合ったような気がした。






な はずないか。

あたしの妄想は果てしなく広がる。








3階は1年のフロア

教室までの階段を上がり右に曲がると、すぐに
B組、あたしたちの教室がある。



いつもならSHRまでの時間は各自、自分の席に座り 黙々と予習をするのだが



「はあ… 詩音くん、かわいかったなあ」


「うん、倒れた あたしたちのことをいち早く気づいてくれてさ」


まりんちゃんと美緒ちゃんはblessが表紙を飾る雑誌を広げて


雑誌の中の詩音くんを見つめる。



という あたしは奏斗さまを意識してるのか

奏斗さまに見いってしまう。



本当なら ほんのちょっとでも時間に余裕があるのなら


席について1限目の予習をしてるはずなのに…。




ピアニストの奏斗さまは12月生まれなんだ。



“今度の誕生日プレゼントは何が欲しい?”


“18歳になるので車の免許が欲しいです”


って雑誌のアンケートに答えてる。


かわいい解答に 思わず口元が緩む。




「あれ〜、3人とも余裕じゃん!」


「あげはちゃん!」


「余裕じゃないけど…

詩音くんがかわいくて」


「へえ〜、3人の押しメンは詩音くんなんだ!」


「うちら2人は そーだけど琴羽ちゃんはリーダーだって」


「おっ!あたしと おんなじで少数派じゃん」


「あげはちゃんは?」


「あたしはヴァイオンの響介(きょうすけ)!

あのセクシーな たらこ唇がたまんない。

でも詩音くんも奏斗さまも好きよ!

そのために この学校に来たんだもん」


「なるほど!
あげはちゃんは唇フェチなんだね」


「なんだか恥ずかしい一面を見せちゃったな。

そーゆう琴羽ちゃんは何フェチなの?」


「…指 かな」


「ゆび…」


「リーダーがギターを弾く指がいい!」


「それ わかるぅー」


と美緒ちゃんの前の席の乃愛(のあ)ちゃんがあたしの意見に便乗した。


「blessのメンバー全員、指が長くて綺麗なんだもん。
誰がいーかなんて選べない!

でも、うちのお父さん 職人なんだよ、んで ごつごつした お仕事してる手も好き」


「お仕事してる手!いい!!」


「でしょ!」



ガールズトークで盛り上がっていたら

『キーン コーン カーン コーン』


と学校の始まりの時を知らせるチャイムがなった。



席につき しばらくすると担任の相澤先生が教室に入ってきた。



いつもは国語担当なのに なぜかジャージばかりなのに今日は紺のスーツを着用してる。


もしかして奥さんとデートでもするのかな。



なんて くだらないことを考えてみる。



本日の出欠確認をして特に これという連絡もないので他愛のない話をして10分間のSHRが終了した。



そして先生が教室を出るとき


「青柳さーん」


と呼ばれ


こっち こっち と手招きをされたので廊下に出て


「何ですか?」


とたずねると

ぼそっと小声で


「日曜日のことだけど、

今度の休日出勤の担当は事務の佐藤さんなんだが

その佐藤さんが妹さんの面倒をみてくれるので、ぜひ参加してくれ」


「えー!ホント?」


「ああ」


「でも申し訳ないな…。
妹を押し付けちゃうの」


「人の好意に素直に甘えても良いんじゃないか?」


「うーん…」


と首を右に傾ける。


「青柳さんが日頃がんばってるから回りの人たちの心が動かされたんだよ」


「そーなのかな?」


「先生の好きな四文字熟語は“義理人情”だ」


「えっ!それって四文字熟語ですか?
ぷっ…」


いきなり何をおっしゃるのか…


思わず 吹いちゃったじゃん。


あわてて両手で口元を隠す。


「義理人情、
他人(ひと)が困ってるとき助け合うのは当たり前のこと。

いつか回り回って自分に返ってくるものだ。

先生は いつも たくさんの人に助けられ、支えられて 今まで生きてきた。

そして、今度は自分が助ける番だ。

人生とは そんなもんだ」


「……」


「義理人情、わかるかな?」


「…わかんないです」


「あははは!

まあ 今はわからなくても将来 理解してくれれば良いさ」


「…はあ」


「これだけは覚えておいて欲しい。

佐藤さんに受けた恩は誰かに返せば良いんだ。

決して お金とか物で解決してはいけない。

また、その場を取り繕いの口先だけの言葉じゃダメなんだ。

きちんと己の体を使って行動で表しなさい」


「…はい」


ますます理解 出来なくなっちゃった。
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