ゆとり社長を教育せよ。


「その条件を飲んだら……心を入れ替えてまじめに仕事をして下さるんですね?」

「うん……じゃなかった、はい。今までよりは頑張ります」


……珍しく、殊勝な態度じゃない。これなら信用しても大丈夫かもしれない。


「……わかりました」


挑戦的な目で社長を見つめながら、私はそう言った。

こうなったら、もう意地だ。

とはいえ私だって恋愛したくないわけじゃないから、さっさとこの人を成長させて、まともな社長になってもらおう。


私が腕を組み、脱ゆとりに向けて色々脳内でシミュレーションをしていると、正面に立つ社長はこんなことを言った。


「よかった。これで高梨さんのこと、誰にも盗られずに済みますね」


……はい?


「……どういう意味ですか?」


眉根を寄せて見上げた彼の顔は、にこにこと無邪気に笑ってて。


「そのままの意味です。さ、仕事しよっかなー。判子押すんですよね? 書類はどこですか?」

「あ、はい。ただいまお持ちします」


書類なら、きっと秘書室の私のデスクに届いているはず。

それを取りに行くために社長室の扉を出て、廊下をつかつかと歩きながら思う。


今の発言はなんなのよ……。

あのゆとり王子が私を盗られて困る要素がわからない。

彼が私に抱いている印象はたぶん“怖い”とか“厳しい”とか“うるさい”とか、そういうネガティブなものばかりでしょう?

そんな相手に、あんな甘い笑顔向けるの、やめてよね……


何故だか無性にイライラするのを振り切るように首を横に振ると、私は秘書室へと急いだ。


< 35 / 165 >

この作品をシェア

pagetop