私んちの婚約者
「君は」

どこか愁也に通じる、低い声。

「高宮梓といいます」

「高宮……ああ」

私の事を知ってるんだ。なら、話は早い。
ひるみそうになるけれど、迷ってはいけないと知っている。
だから私は、顔を上げてまっすぐに会長を見据えた。



「単刀直入に言いますね。

――愁也を返して」


ただ、これだけを。
私は伝えに来たんだから。



「愁也は私のものなの。

私んちの婚約者、返して下さい」


私は真っ直ぐ会長へ言い放った。


私の唐突な言葉に、神前会長は唖然としていたけれど、すぐに無表情で口を開く。


「君は、高宮梓さんだったね。私に怒鳴り込んで、お父さんの会社を潰されるとは思わなかったのかな」

静かな声で問われた。

神前会長は、一見“頑固そうなオヤジ”で。
そしてさすがに三兄弟の父親だけあって、渋くて格好良い。
その貫禄と威圧感は、日本有数の大企業をまとめるだけはある。前に立つだけで、緊張でビリビリする。

でも、負けてられない。

透也に聞いた、この人が騒ぎの根源ならば。
会長を説得しちゃえばいいんじゃん!!

透也は「無理!!親父に逆らったことなんてない!」て叫んでたけど。

おあいにく様。
私には怖いものなんてないんだ。

愁也を失うことに比べたら。

「父は私にメロメロだから、こんくらいのワガママ許してくれます。潰されたらまた起き上がればいい。私は父や、叔父にそう教わってきたから」

ここに来る前に、父には電話した。


『梓の好きにしなさい。……僕は最初っから愁也君が梓の大事な人になるってわかってたよ』



そうだね。

父が連れてきた、私の婚約者。
最初はなんだこいつって思ってた。

なのに今は、譲れない。
愁也だけは。

いつの間にか私にも、父にも、きっとカイ兄にとっても、愁也はうちの一部で。
私ひとりのっていうよりも、『私んちの』だ。
もう、高宮の家に、かけがえの無い存在になってるの。

……知らないうちに。
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