私んちの婚約者
旅行、婚約者
***

目の前に広がる、古くて美しくて重厚な街並み。
オレンジと白の景色。耳に入る、知らない言葉。


「イタリアだあー!」


私は思いっ切り伸びをして、その空気を吸い込んだ。

「う、げほっ!器官に入ったあ!」

「何やってんの、梓」

隣で愁也が呆れたように言った。



私達は下見と、仕事と、リフレッシュ旅行を兼ねてイタリア――ローマに来ていた。

私は海外旅行なんて初めて。しかも愁也と二人。(後で父と合流するけどさ)
浮かれるのも多少は多目に見ていただきたいっ。

「だからって店にへばりつくな!チェックインしたらちゃんとご飯を食べさせてやるから!」

愁也が、修学旅行に舞い上がる生徒に手を焼く引率の先生みたいに、私を引きずってホテルに向かう。

「うぅ~ピザ、本場のピザああっ」

「待て!いい子にしてなさい!」

犬の躾か。


「あっ!あれ美味しそうっ!Per una persona,per favore.(一人分カットして下さい)」

「梓、あんたイタリア語ほぼわからないくせに、メニューは読めるわ、食事関連の会話だけマスターするわ……欲望が絡むと超人的だな」

愁也は顔をひきつらせて私を見た。

彼に1ヶ月特訓されても、私が覚えられたのは『レストランで役立つ会話』のみ。
……大事じゃん?美味しいもの、食べたいしさ~。


「あ……」


通りの向こうを見ていた愁也が、ふと声を上げた。

「どうかしたの?」

私が彼を見上げて聞けば、愁也は首を振って笑った。

「いや、何でもない」



へんな愁也。


「さ、梓行くよ。ホテル着くまでにイタリアを食い尽くすつもりじゃないだろうな」

指を絡ませて繋がれた手に、ちょっとだけドキッとした。


「着いたら俺がアンタを食い尽くすからな」


……海外来ても、俺様は健在なのね。
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