私んちの婚約者
「まさかタダで俺の口を割ろうなんて、思ってないよな?」

「たまには無償の愛とか!ボランティア精神とか!働かせようよ!」


愁也が私を引き寄せてキスしようとしたとき、私達の顔の間に雑誌が割り込んだ。


「もう帰っちゃうなんて、残念だな」


雑誌を持つ手が引かれると、金髪を揺らして、私を覗き込む、イタリア男。

「レオナルド、なんでこの便に乗るって知ってるんだ?」

愁也がこめかみを押さえて言った。
……知らせてなかったんだ~。どーりでメールも電話もなく大人しかった筈だ。

「ここの職員にも何人か“お友達”がいてね」

女か!!

「アズサ、君に会えないなんて淋しいな。お別れにキスしていい?」

レオが私に抱きつこうとする。
こいつは……。


「良いわけ無いよね、馬鹿。
考えるまでもないよね、馬鹿。
もいっかい吹っ飛ぶか、馬鹿」

レオが私に顔を近付けてくるのを見て、彼の持っていた雑誌でぐいぐい押し返してやれば、レオは懲りずにクスクス笑う。
愁也が極上スマイルでレオの頭をがっしり掴んだ。

「携帯一個じゃ懲りないわけ?仕方ないな。頭は一個しかないのにね?」

しゅ、愁也さん?どうか穏便にね?


その後も散々レオと愁也の攻防戦が続いて、もう飽きた私は一人ジェラートを食べたりしていた。
やがてアナウンスが搭乗時間を知らせて。私は愁也と手を繋いで立ち上がる。

「じゃあね、レオ。それなりに楽しかったよ、ごちそ~さま!!」

「やっぱり食べ物に釣られたのか……」

愁也が『旅のしおり』を私のバッグに入れる。

「もいっかい、読み直しなさいね、梓」

……何故?


「じゃあね、梓、愁也」

レオがにっこり笑って、手を振りながら見送ってくれた。
人騒がせな男だけど、さよならはやっぱりちょびっとだけ、寂しい気もする。

「まあどうせすぐ会うよね。……もう妬かないでよね、愁也」


「うん、大丈夫。
次に会うときには、梓は人妻だから」


……はい?


「わ、私達の結婚式はいつなのおぉぉ!?」

「あはは、いつだろうね?」

もしかしてもう入籍とかしちゃってんじゃないの、この男はああっ!
やっぱりさっきの続きを聞いておくべきだ!

「何を企んでるのよぉ!吐けぇ、吐かんかぁ!!!」

「あ、ほら搭乗しないとな?」


ご機嫌な愁也と裏腹に、私はもの凄い不安を抱えながら、飛行機へ乗り込んだ――。
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