私んちの婚約者
「やだやだやだ!
ーー愁也ああっ!」


咄嗟に口から出たのは。
一番愛しい人の名前だった。


ポタ、と一筋涙が零れて落ちた。


愁也。


一度口にしてしまえば、あの意地悪な微笑みが脳裏に浮かんで、
私の胸がぎゅうぅっと痛んだ。

こんな時に一番に思い浮かべるのが彼だなんて。
私の愁也病は、もう手遅れなほど進行してる。


会いたいよ。
どうして隣にいないの。


「ばーか。冗談だよ」


不意に私を捕まえていた熱が離れて。
優しい瞳が見下ろしていた。


「幸せそうで、良かった」


その顔は

ちゃんと“叔父さん”だった。





その日は泊まるところがないというカイ兄に、身の危険を感じながらも断れず、(正確には断ってんのに無視されたんだけどね!)結局彼をうちに泊めることになった。

「ってことで休ませてもらうわ~」

とカイ兄が言って、勝手に二階に上がったけれど、すぐに不機嫌な顔で戻ってくる。

「客室が、男の部屋になってるんだけど」

あ、愁也の部屋か。

「うん、そこは……ダメ。父の部屋使って」

「もっと嫌。梓の部屋に入れてくれ」

「やなこった!!馬鹿!」

「……るわけねーよな。リビングで寝るわ」

即答した私にちょっぴり寂しそうにして、カイ兄はソファに横になった。

か、可哀想かな、ちょっと。
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