学園物語
決められたのか、決めたのか

光夜編

時刻は22時を回った頃。時計がカチカチと音を立てて、一刻一刻時を数えていく。
二人の学生はただ黙々と自身の机に向かって勉学に励んでいた。
止まる事なくデュエットを奏でるシャーペンの音。しかし、ふと一つの音が止みソロとなる。
それに気付き不思議に思った少年、神城 光夜(かみしろ こうや)はゆっくりと少女の方を振り返った。
「ねえ、ここなんだけど」
少女は先程まで何事もなく眺めていた教科書を手にとり、唸りながら立ちあがる。
ずっと考えていたのだろう。ノートには、数式を書いては消した後が薄くではあるが残っている。
「あぁここはこうして…」
「そういう事か!なるほどなるほど」
先程まで眉間に皺をよせ悩んでいた少女、樹里(じゅり)は、問題の解き方だけを聞き、答えを光夜が言う前に納得して自身の机に戻ってしまった。
まるで自分で解いたといわんばかりのスルーっぷりに、光夜は先程樹里に向けて作った笑顔で固まった。
まぁ別に構わないけど。と、心でつぶやき小さく息を吐いた。
「相変わらずやると決めたら一直線だね。まるでイノシシみたい」
樹里の頑張りを貶すわけではないが、行動を見ていてその動物が浮かんでしまうのは仕方がない事だ。
しかし、やはりというかなんというか。彼女のこめかみがピクリと動いてしまった。
「猪突猛進って言いたいわけ?乙女に対して失礼じゃない?おチビさん」
樹里は、ゆっくりと光夜に目を向け笑顔をこぼす。
口調やトーンは穏やかだが、最後の言葉に怒りが込められているのは一目瞭然。
本人が気にしている事をわかっていながら口に出すのだから、相当頭にきているのであろう。
「樹里に言われたくないなぁー!150よりは大きいよ、ボク」
やられたらやり返すの言葉通り、光夜も黙ってはいなかった。
言葉で相手を傷付ける気が見え見えである。普通の人から見ればただの柔らかな優しいお兄さんスマイルにしか映らないという凄技まで披露した。
「男として150は絶対にあってほしい所よねぇー、ボク?」
バチバチとお互いの間で火花が散る。しかし笑顔は崩さない。
この二人の喧嘩の暗黙のルールのようなものだ。
自身のプライドをかけての冷戦は今に始まった事ではない。ずっと小さい時から続けられている。
従兄妹同士の二人は、生まれた時から一緒だった。
互いの母親が姉妹関係にあり、とても仲が良かったのもあるだろう。よく二人で遊んだ。
公園に行ってかくれんぼをしたり鬼ごっこをしたり。ブランコで靴投げをしたり、たまたま投げた靴が当たった犬に追いかけられて二人で必死に逃げたり。おかげで二人共に犬が大嫌いになった。
勉強もよく一緒にやっていた。
共に負けず嫌いであった為にどちらかが100点を取れば次は自分が取るというルールを勝手に自分たちの中で作ってしまい、気がつけば常に互いに負けたくないというプライドが出来てしまっていた。
おかげで二人共に成績優秀となった。
「で、成果は出てるの?クレア学園って門が狭いって聞くよ?」
睨み合いの冷戦に少し飽きた光夜が、纏っていた負のオーラを無くし深く椅子に座り直す。
目線も樹里から少しずらし、樹里が勉強していた机に置かれていた成績表を見つめる。
そこにはいくつもの5の数字が並べられていた。
もちろん光夜の机棚に置かれている成績表もオール5である。
「うーん…まぁでもやるだけやってるし!光夜が教えてくれてるからね、心強いわ!!」
「それは、光栄の至り」
光夜の目線に気付き、樹里も成績表を見ながら不安げに首を傾げるが、すぐに大きく頷き答えを出した。
お互いに張り合ってはいるものの認め合っているのには変わりない。
素直な言葉を口にする樹里に、すこしテレながらも光夜も言葉を返した。
「私の事より、光夜の方はどうなの?受験先、まだ決まらないの?」
「うーん…どうも色々と先輩たちから誘われて、どれがいいのかよくわからなくなっちゃって」
ギシッと音を立てて椅子にもたれながら、光夜は天を仰いで嘆息した。
光夜は女としては憎らしい程に男にしておくには勿体ない愛くるしいルックスのおかげか、年代問わず人気がある。
廊下を通れば後輩からお菓子を貰えたり、他校から押しかけたファンに声をかけられたりしていた。
そのファンの中に樹里のファンもいたのたが、まるで興味のない樹里には届かない声だった。
そして、もう一つの人気の理由が―――
「たとえば?」
「頭がいいなら高校飛び越えて大学行っちゃえ!とか、外国行け!とか、ずっとここにいろ!とか。それってどうなんだろう。」
「…まず無理難題って事に気付こうよ、ね。」
この天然さであった。
「じゃあ同じ高校行っちゃう?」
「え、女子高でしょ?」
樹里の思い切った発言に、光夜は驚いて少しだけ前のめりの姿勢になった。
確かに受験校に悩んではいるが、所構わずというわけでもない。というよりも、自分は男である。
女装すればバレないという容姿をしているのは、悲しきかな気付いてはいるが。
いきなりどうしたのだろうと不思議に思っていると、樹里がふふんと鼻をならし得意げに話しだした。
「隣に男子高があるの!成績とかもそうだけど、その子自身の能力向上とかを目的としてるって。光夜って頭脳だけじゃなくって運動神経もいいし、色々学べるんじゃない?」
どこから取りだしたのか“才能開花 ルーク学園”と書かれた冊子を見せてきた。
パラパラと軽く中身を確認すると、どうやら樹里の目指すクレア学園の姉妹校であるらしい。というよりもクレア学園が今年設立で、ルーク学園は前々から在校されていたようだ。
冊子の中には生き生きと部活動に励む生徒や、一心不乱に学食を食べる生徒、屋上で爆睡してる生徒に芸術的な落書きをする生徒などの写真が載せられていた。
こんな学校があったんだ―――と光夜は少し驚きと感動を覚えた。
「へぇー…凄い。あ、もしかして樹里が絶対にココを受験したい理由って」
「えへへ!普通の学校に行くより、面白そうでしょ。」
“愉快活発 クレア学園”と書かれた冊子を胸に抱き、樹里は嬉しそうに笑った。
誰だってつまらない時間よりも楽しい時間を過ごしたいと思うものだ。学生であるならば、学校に滞在している時間の方が多いのだから尚更考えてしまうと思う。
「それに」
「それに?」
「先生に色仕掛けしかけたり授業態度とか成績もよくないのに通知簿がよくって!!負けたくないっていうか負かしてやりたいっていうか・・・!!」
樹里の背中には沸々のマグマが煮えたぎっている光景が見えてしまう。
誰かを想像しているのだろう。同じ学校故に誰かは想像がついてしまうが、あえて口にはしないでおこう。
いまだ一人でブツブツと愚痴やら文句やら呪文やらを呟く樹里の姿が、目の前にある。
そんな時に暴言を吐くのは危険だ。それでも素直な口は止まらない。
「女って、怖いね。樹里も含めて」
「何か言ったボク?」
「ううん、何も言ってないよ。般若様」
またもや二人の間には火花が散る。
そうして時間は過ぎていった―――
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