冷凍保存愛

 小堺は自分を訪ねてきた羽都音に薬を吸わせて眠らせた後、バイト先の裏口近く、従業員控え室の中の椅子に座らせておいた。

 その時間帯のバイトは小堺だけだった。

 ディナータイムの始まる前の余裕のある時間帯なので、まだ人も少なかった。

 従業員は休憩に入っている時間だった。

 羽都音は両手を縛られている。

 薬がまだ上手く切れていないためか、頭がよく動いていない。

 瞬きを数度繰り返しても今のところ状況はよくならない。

 相変わらず気持ち悪さだけがこみあげてくる。



「真鶴さん、時間がないんだ。これ以上は待てない。着いてきて」

「……時間がない?」


 時間がないと言われても、この状態で起き上がって歩き出すのは苦しすぎる。無理だ。


 羽都音は頭を振り、『無理だ』と伝えるが、小堺は時計の針を見ていて気づかない。


「いい? 途中で逃げ出そうとかしたら、山際さんがどうなっても知らないからね」

「道子がどこにいるか知ってるの?」

「今からそこへ行く。だから、君が逃げたりしたら彼女の命の保証はできない」

「なんでそんなことするの? そんなことする人には見えなかったのに」

「君は本当に素直過ぎるんだね。少しは人を疑うことを覚えたら?」

「そんなこと言われる覚えない」

「そこまで話ができるならもう大丈夫だね。行こうか」


 感情の読み取れない表情。

 目が隠れるほどの長い髪。

 緩む口元だけが不気味に映る。

 着いていくしかない。そうしないと道子に会えないし助けられない。強羅にも会えない。


 無理矢理立たせられ、『いい、君が逃げれば彼女の命の保証はない』念を押された。


「逃げない。だから早く道子のところへ行きましょう」


 怖いから精一杯強がった。




『大丈夫。君はこのままゆっくり歩くんだ。そして、君に話しかけてくる男に従って。上手くいく』



 今のところ私に話しかけてくるのは小堺しかいない。

 と、羽都音はコーヅが言ったことばを思い出していた。

< 182 / 225 >

この作品をシェア

pagetop