檸檬-レモン-
柳井 美智子。彼女に出逢ったのは、社会人になって2年目の夏。
俺は華道じゃなく、調理の道に進んだ。
次男の俺に両親は特に何も言わなかった。
専門学校を卒業後、小さなケーキ屋に就職した。
美智子はそこでアルバイトをしていて。大学に通う合間を縫って、シフトに入っている。
同じ歳なのもあって、すぐに意気投合。
付き合うまでに時間はかからなかった。
美智子は、よく笑い、よく泣く。
楽しかった日々を、昨日の事のように思い出す。
初めて俺の名前を聞いたとき、美智子は動じることなく言った。
『すごく合ってる。ねぇ、れもって呼んでもいい?』
そうだ、俺は"れも"だ。
"れもん"じゃなく。
俺が初めて"れも"として存在したかのような、不思議な感覚だった。
美智子とは順調にいっていたけれど。
どうしても、叶えたい夢があった。
自分の店を持つこと。
何度か美智子にも話したこともある。駆け出しの見習いが生半可な気持ちでできることじゃないと、ケーキ屋でバイトしていた彼女もよく知っていた。
高校生の頃から地道に貯金もしてきたから、後は技術と能力。
社会人になった美智子と付き合いながらも、夢の為にたくさんの経験を重ねた。
俺の下積み時代を、美智子は笑顔でずっと支えてくれていて。
ようやく、夢に近づいたと思っていた矢先。
俺は大事なものを失った。
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