風の部屋の回想
現在

決意

 今日で君と出会ってから一年が経ちます。僕がいま居るこの君の部屋に初めて来た日から七か月、僕が毎週末をこの君の部屋で過ごすようになってから、五か月、僕がこの部屋でくらすようになってから三か月、君が僕の知らない男に頭を強打され病院送りにされてから一カ月になります、今日。

 君がこの部屋からいなくなってからの一か月間、僕はこの部屋で君との日々を思い返し続けています。

 この部屋は空っぽです。僕がすべての家具を業者に引き取って貰ったからです。昨日には、ガス、水道、電気が止まってしまいました。僕が大家に追い出されないのは、君が面倒臭いと言って五か月分の家賃を先払いしていたからです。

 僕は一昨日、十九歳になりました。勝手に君の手帳を見ていたら、「ケン誕生日」と記してあったので気が付いたのです。僕は十九歳になりました。しかし君はもう十九歳の僕を見ることも触ることもできません。君は十八歳の僕しかしりません。僕は二十二歳と二十三歳の君を知っています。


 君は二十四歳になりません。僕が殺すからです。

 僕も二十歳になることはありません。僕が殺すからです。
 
 太陽が沈んだらそうします。君の手帳には「記念日」と記されている今日中にぼくはそうします。部屋から一歩も出ずに考え続け決心したことです。

 これは心中です。

 僕を知る人たちは君のことを知りません。彼らはきっと僕の自殺の理由についてあれこれ考えるでしょう。僕も自分の自殺が周りにどう受け取られるのか随分と考えました。

 彼らは恐らく、目標を成し遂げることの難しさに憂鬱な日々を送っていた僕が、君との心中という死の理由を見つけ、その理由の中で簡単に死ぬことができたと考えるだろう、と結論付けました。

 しかし、あの風を感じてからはそのようなことを考える必要がなくなってしまいました。
 
 僕が何者であろうと、何者にでもなろうと、そんなことはどうでもよくなりました。

 あの風が吹く前は、僕は君の事を考えているつもりで実は僕自身のことばかりを考えていたのです。

 あの風、どうすることもできないあの吹きやまない風が、僕に生きる理由を、同時に、死ぬ理由を与えました。

 そして僕は死ぬ方を選びます。

 この世の中には生きる方を選ぶ人もいるのでしょうが、僕は死にます。
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