*短編集* 『 - 雨 - 』


雨が降る中、美織はバスを待ちながら開いた傘を眺めていた。
明るすぎない赤に散らばるのは、白く細かい水玉模様。

なんだか不服そうな横顔に恋したなんて言えば趣味を疑われそうだが、それだけ美織は魅力的だった。
少なくとも俺にとっては、という意味だが。

華奢で小柄で、どこか儚げで。真っ白な肌に淡いクリーム色のワンピースがよく似合っていて、胸元まである黒いストレートの髪も綺麗だった。

そんな美織を、雨に打たれながら走る事も忘れてぼんやりと見ているうちに、目が合って。
スーツでずぶ濡れだったからだろうか、美織は驚いたように目を見開いた後、こちらへ歩いてきてさしていた傘を差しだした。

目の前に差し出された傘と、間近で見る美織の大きな瞳。傘に落ちる雨の音。
まるでふたりだけの空間のように感じながら何も言わずに傘を受け取ると。

美織は俺をじっと見つめてから、止まったバスに乗り込む。

会話はなかった。
けれど、美織の乗ったバスが見えなくなるまで俺たちはずっと見つめ合っていた。

その数日後、同じようにバス停で見かけた美織に近づき。
『もう少し地味な傘だったら助かったんだけど』と告げると、美織は『あれ、気に入ってなかったのよ。だから丁度よかった』と答えて。
ふっと微笑んだ視線が重なり。それが俺と美織の初めての会話だった。




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