虫の本
 叶とお揃いの制服を纏い、右手には大樹の身長程はある特大サイズの包丁が握られており、更には二足歩行して人語まで操るこれを、猫と言って良いものかどうかは頭を悩ます所ではあるのだが。
 店内で食べ散らかす彼らを、厨房から睨んでいた一対の金の目。
 先程慌てて目を逸らした相手はこれだったのだ、と大樹は呆けた頭でそれだけを認識した。
 あまりの出来事に身がすくむ大樹を余所に、ルフは振り返りもせず、慣れた様子で返事をする。
「よお、店長。悪いけどさ、今回もツケといてもらえるか? あれが手に入りゃ今までの全部を返済しても、余裕でお釣りが来るだろ?」
「駄目だ。儂は料理に命をかけとるからな、味と技と手間に見合った対価を払えん輩は断じて許す訳にはいかん」
「ちゃんと返すって言ってるだ……ろ、っと」
 ルフの言葉を待たずに、巨大な包丁が空を切る。
 それを難なくかわしたルフは、ようやく振り返って巨猫と目を合わせて反論した。
 身動き出来なかった大樹の髪が、数本だけパラパラと宙を舞う。
「そっちの小僧も無一文かね?」
 真っ青になった大樹は、しかし声すら出ないようである。
 こういう時にこそ嘘のひとつも吐けば良いのに、彼は壊れた人形のようにカクカクと頷いた。
 巨猫の店長はそうかと呟き、獰猛な目で二人を射抜きながら舌なめずりをしてみせる。
「叶、火の準備を」
「火っすか?」
「人肉が手に入った。料理して客に出す。ちゃんと代金を払える客にな」
「いくら俺っちでも、流石に人肉は料理した事なんてないっすよ。第一、人間は雑食だから肉が臭いし、筋張っててとても食べられた物じゃ」
「それを美味く調理するのが、儂らの仕事だろう?」
「ごもっとも」
「納得しちゃったー!?」
 一通りの冗談とも本気とも取れる会話を聞いて、ようやく大樹の金縛りが解けたようだった。
 逃げなきゃ食われる状況で立ちすくむ道理はない。
 絶妙なタイミングで放たれたツッコミと同時に、ルフと大樹は店のドアを蹴破って外に飛び出す。
 そのまま外に置いてあった台車に飛び付いた二人は、信じられないスピードで追いかけてくる巨猫から逃げるため、坂を利用して距離を稼いだ。
「畜生! また食い逃げかよーっ!」
 走り去る巨大な台車から意味不明な悲鳴が聞こえてきたのは、御愛嬌であった。
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