虫の本
 一番最初に目に付いた物はと聞かれたら、その異様──じゃなくて、不思議な服装だと答えただろう。
 上下が繋がっている、体のラインが分かる程にピッタリとフィットした服とゴツいブーツ。
 首から上だけがその服に覆われておらず、他は一切肌を晒していない。
 闇のような深い黒。
 服のダブつきを抑える為か、首、両手首、腰、両足の靴の6点を締め付けるベルト。
 ボーイッシュな感じに纏められた髪と同じ色で統一されていて、それがアクセントとして映えている。
 炎のような猛き赤。
 両肩を守るように張り付いている、二枚の小さな金属板。
 用途はそのまんま肩を保護する物と思われるが、その光沢は赤と黒のコントラストに無粋な水を差しているように思えなくもない。
 刃のような鋭い銀。
 背は低い。
 俺は元より、由加よりも小柄なんじゃないだろうか。
 百五十センチ程とみた。
「……大樹?」
 由加の声にはっとする俺。
 いま大事な話をしていた所じゃないか。
 何を暢気に窓の外なんか眺めてんだ、俺は。
 だがしかし俺には「悪い、何の話だっけ?」と、誤魔化しつつも話を戻すという小賢しい手を打つ暇すら与えられる事は無かった。

『誰か……! 誰か、私の言葉に反応出来る人は居ませんか!』

 トーンの高い声が、その場に響き渡った。
 もしかしたら、全世界に響き渡ったんじゃないだろうか──そう錯覚してしまう程に、鮮明に聞き取れた。
 場所は、喫茶店の外の方からか?
 俺は無意識の内に、再びガラスのウィンドウの外へと視線を移しており、それは由加も同じだったらしい。
 空耳じゃなかったようだ。
 自然と、赤と黒の少女が視界に入る。
「な、何? 今の……」
 由加が疑問を漏らす。
 が、俺の方が聞きたいくらいだ。
 それに、言葉の内容も気になる。
 私の言葉に反応出来る人は、とあの子は言った。
 私の声が聞こえる人、でも私の言葉が分かる人、でもなく。
 まるで、彼女の呼びかけに反応出来ないのが、普通みたいな物言いじゃないか。
 彼女の呼びかけに反応してしまった俺達が、異常みたいじゃないか。
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