虫の本
そうしなかったのは、奴が全く空を飛べないからではないはずだ。
「ニワトリってさ、鳥目なんだってな。大部分の鳥は、鳥目じゃないっていうじゃないか。それに、ニワトリは短距離なら“飛び上がる”事は出来るけど、長距離の飛行は出来ないよな?」
羽野郎──いや、トリ野郎の手は、既にがくがくと震えていた。
精神的には意外と打たれ弱いようで、もはや俺の首に向かって伸ばされた“左手”にはほとんど力が入っていない。
チャンスだろうか?
いや、本当の意味で仕掛けるにはまだ早い。
そう判断した俺は、今はとにかく痺れかけた腕の回復を待ちながら、ただ口撃(コウゲキ)あるのみだった。
「もう秋だからな……日が暮れるのが早かったのは幸いだったよ。鳥目のあんたが薄暗い裏路地に潜む俺達を、たとえ空からでも見付けられるはずが無かったのさ」
しかも、奴がニワトリに由来するかどうかは別として、由加を抱えて飛ぶ程の力が無い事は明白だった。
奴の目が暗所をはっきりと見る事が出来ずとも、由加を抱えて空を飛び、彼女に上空から俺達を探させれば問題無いのだ。
しかし羽野郎はそうしなかった──いや、出来なかったのだ。
自身は夜目が利かず、しかも飛行能力も貧弱だから。
ならば皇樹によって暗い裏路地内で俺を取り逃がした事は、追跡が不可能なトリ野郎にとっては致命的な損害となったはず。
だから、俺と再会したさっき、奴はあれほどまでに余裕ぶっていたのだ。
むしろ、不自然な程に。
内心、奴は歓喜したはずだ。
一度見失ってしまった俺が、完全に夜になってしまう前に自分から出向いて来た事に、安堵すら覚えたはずだ。
「……だから?」
奴の“左手”に、再び力が篭もる。
何がそうさせるのか。
それは、怒りか。
それは、悔しさか。
でも、どちらも俺の方が上なのだ。
由加を──いや、全てを失った俺の方が。
だから俺は、圧倒的不利な状況において、それでも常に奴の心理を圧迫し続けるのだ。
余裕ぶって!
見下すように!
「ニワトリってさ、鳥目なんだってな。大部分の鳥は、鳥目じゃないっていうじゃないか。それに、ニワトリは短距離なら“飛び上がる”事は出来るけど、長距離の飛行は出来ないよな?」
羽野郎──いや、トリ野郎の手は、既にがくがくと震えていた。
精神的には意外と打たれ弱いようで、もはや俺の首に向かって伸ばされた“左手”にはほとんど力が入っていない。
チャンスだろうか?
いや、本当の意味で仕掛けるにはまだ早い。
そう判断した俺は、今はとにかく痺れかけた腕の回復を待ちながら、ただ口撃(コウゲキ)あるのみだった。
「もう秋だからな……日が暮れるのが早かったのは幸いだったよ。鳥目のあんたが薄暗い裏路地に潜む俺達を、たとえ空からでも見付けられるはずが無かったのさ」
しかも、奴がニワトリに由来するかどうかは別として、由加を抱えて飛ぶ程の力が無い事は明白だった。
奴の目が暗所をはっきりと見る事が出来ずとも、由加を抱えて空を飛び、彼女に上空から俺達を探させれば問題無いのだ。
しかし羽野郎はそうしなかった──いや、出来なかったのだ。
自身は夜目が利かず、しかも飛行能力も貧弱だから。
ならば皇樹によって暗い裏路地内で俺を取り逃がした事は、追跡が不可能なトリ野郎にとっては致命的な損害となったはず。
だから、俺と再会したさっき、奴はあれほどまでに余裕ぶっていたのだ。
むしろ、不自然な程に。
内心、奴は歓喜したはずだ。
一度見失ってしまった俺が、完全に夜になってしまう前に自分から出向いて来た事に、安堵すら覚えたはずだ。
「……だから?」
奴の“左手”に、再び力が篭もる。
何がそうさせるのか。
それは、怒りか。
それは、悔しさか。
でも、どちらも俺の方が上なのだ。
由加を──いや、全てを失った俺の方が。
だから俺は、圧倒的不利な状況において、それでも常に奴の心理を圧迫し続けるのだ。
余裕ぶって!
見下すように!