愛という名の世界
第29話
第29話(side story 24)


 初めてのキスを屋上でかわすと、ビル施設内でディナーを済ませそのまま宿泊の手続きまで行う。ずっと我慢に我慢を重ねていただけに、気持ちが通じキスまでしてしまうと流石の勇利も我慢はできない。弥もディナー後くらいから雰囲気を感じていたらしく、そわそわしていた。
 数年ぶりの行為後、汗だくになりながらコップの水を飲んでいると弥がベッド内より話し掛けてくる。
「勇利さん、凄い汗。大丈夫ですか?」
「大丈夫、登山サークルで鍛えてるから。でも、ちょっと頑張りすぎた気はする。弥さんこそ大丈夫?」
「大丈夫じゃないです。動けないです。でも、幸せです」
 笑顔を見せる弥を見ると勇利の心に再び火がつき、コップを棚に置くとベッドへ翻り唇を奪う。長く濃厚なキスを終えると申し訳なさそうに弥が口を開く。
「雰囲気に割って入りますけど、実は勇利さんに大事なお話があります」
「大事? ベッド内で愛し合う以上に大事なことってある?」
「それは一番ですけど、これも大事なお話です」
「なに?」
「純子さんとのことです」
 純子と聞くと勇利も真剣に聞かざるを得ず弥と真面目に向き合う。
「もしかして、病院で話してた内容?」
「はい、勇利さんと二人きりになったら話そうと思ってたので」
「そうか、どんな内容?」
「君島弥を生き返らすという話でした」
 突拍子もなく理解し難いセリフに勇利は言葉を失う。
「私と勇利さんとの馴れ初めとか今日に至るまでのことを全て話したんです。世間的に私は存在しない人間だということも。そしたら純子さんが、世間的に生き返らせばいいって提案してくれたんです」
「どうやって?」
「死亡届書の撤回って言っていました。その為には君島弥のご両親の協力も必要になってくるとも。でも、それら全ての条件をクリアするのは造作ない。こういう事は得意だからとも言ってました」
 勇利の復学時にも権力という力技をやって見せたことを思いだし、純子ならばそれも可能だろうと推測する。
「つまり、僕と弥さんの関係を認めてくれたってことか」
「はい、とても嬉しかったです。私を人として認めてくれたような気持ちにもなりましたし、大手を振って君島弥として世間に出ることができるかもしれないって思えたから」
「相変わらず純子さんには敵わないな。いつも助けられてばかりだ。でも、そうすると一つ気掛かりなこともある」
「ご両親のことですよね?」
「うん、いくら容姿が酷似していると言っても我が子かどうかの区別はつく。何より弥さんにはご両親の記憶もない。そんな弥さんを認めて協力してくれるかどうか」
「はい、そこは私も気にしてます。でも純子さん曰く。勇利さんがどうにかしてくれるそうです」
 事もなげに言ってのけられ、見えないプレッシャーが両肩にのしかかるのを感じる。両親への説得が純子からの命題ということは容易に想像でき頭を掻く。その様子を苦笑いしつつ弥は見守っていた。

 翌日、悩みぬいた末に善は急げという結論に至った勇利は、弥の実家へ連絡をつけ即日会う約束も取り付ける。自分のせいで弥が亡くなったという想いをもっていただけに通話自体が恐怖であり、第一声に何を言われのるか戦々恐々としていた。
 事件後、ろくに挨拶にも行かず向き合うことから逃げていた勇利にとって、弥の実家に足を向けるという行為は相当のプレッシャーとなる。しかし、話してみるととても優しく対応され怨まれているとすら覚悟していただけに安堵の溜め息を漏らす。弥のことは敢えて伏せ、お話ししたいことがあるとだけ伝え電話を切った――――

――昼過ぎ、手土産を持参し初めて訪ねる弥の実家を前にし、ご両親への挨拶に似た緊張感が込み上げる。結婚の許しを得るための訪問もきっと緊張するのだろうが、今回のミッションはそれ以上と言える。覚悟を決め自宅のベルを押すと返事と共に女性が玄関の扉を開く。勇利は緊張しながら現れた女性に挨拶をする。
「初めまして、お電話しました空条勇利と申します」
「どうも、こちらこそ初めまして。君島美佐江(きみじまみさえ)と申します」
 深々と頭を下げる美佐江に恐縮し、勇利も頭を下げる。親子らしく弥と面影が似ており、優しさが顔に滲み出ている。頭を上げた美佐江は勇利の背後に立つ女性に気がつき勇利に問い掛ける。
「あの、後ろの方は……」
 しかし、問い掛けた瞬間に弥と目が合い、優しい顔つきが驚きの表情へと激変する。
「あ、弥!? 弥なの?」
 勇利はさっと横に移動し弥と美佐江を正面に対峙させる。弥も緊張しているようで美佐江を見つめながらぎこちなく挨拶を交わす。
「こ、こんにちは……」
「弥!」
 会釈する間も与えず美佐江は正面から弥を抱きしめ声を上げる。
「弥! 生きていたのね!? 弥!」
 弥はどう対応して良いのか分からずただされるがままじっとする。美佐江は泣きながら弥の顔をじっと見つめる。
「間違いない……この目、この耳、この輪郭。ほくろの位置も同じ。弥が帰ってきた……」
 勇利も知り得なかった弥の情報を美佐江が語り、勇利自身も今目の前にいる弥が正真正銘亡くなった弥と同一人物だと理解する。当初は成りすましや別人の可能性も考慮したが、実母の発言によりこのパターンも完全に消滅した。
 ずっと頭の片隅でモヤモヤしていた霧が晴れ、弥は生きて帰ってきたのだという確信だけが心に広がる。泣きじゃくる美佐江の様子に勇利は微笑み、弥もその空気を読んで口を開いた。
「ただいま、お母さん」

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