木曜日の貴公子と幸せなウソ


パスケースがない事に気が付いたのは、先輩の車を降りて、走って向かった駅に着いた時。

改札を通ろうと、パスケースを探したけれど、カバンのいつもの場所にそれはなかった。

走った時に落としたのかもしれないと慌てて、来た道を戻ってみたけれど、それらしいものは落ちていなかった。

戻った時に先輩の車があったらどうしようかと思ったけれど、杞憂にすぎなかった。


もしかしたら幼稚園を出る時にはすでになかったかもしれないと、かすかな希望を持ちながら出勤したのに、やはりここにもなかった。

定期は昨日買ったばかりだったというのに。

可能性がある場所はあと一つ。

先輩の車の中……。


先輩が気が付かなくて、奥さんが先に気が付いたら修羅場は避けられない。

想像しただけで身震いする。


< 89 / 207 >

この作品をシェア

pagetop