僕を止めてください 【小説】
「先生になんて言ったの?」
母親は目線を外した。僕の前のテーブルあたりを凝視していた。そして息を大きく吸ってから口を開いた。
「えっとね…裕が生まれるときにね、難産でお腹から出てきた時に泣かなかったの。呼吸も心臓も止まってたって。それで大変だったのよ」
知らなかった。いや、興味がなかったから仕方ない。母親はまだ困ったような顔をしていた。なんでだろう。難産は母親のせいじゃないだろうに。
「そんなだったんだ」
「そうよ。先生方がよくやってくれて、裕は生き返ったの」
「じゃあ、小さい頃っていうか、生まれた時にもうそうだったんだね」
「うん、そういうこと。わかった?」
「うん…わかった。でもさ、なんでそんな困った顔してるの?」
「えっ…? そんな顔…してないわよ」
「そう?」
「まぁ、なんで先生はそんなこと訊いたのかなっては思うけど」
「失神したからかな? 難産って、後遺症出るの? 脳とか」
「出る人もいるけど、裕は産後の検査は問題なかったわよ」
「僕が知ってるかどうか聞きたかったのかな」
「ま、別にいいけどね…もう質問終わった?」
「うん」
「じゃあお母さんちょっとすることあるから2階行ってるね」
「うん」
こうして僕は寺岡さんのおかげでとても大事なことを知った。僕は死んで生まれてきた。すでに生まれた時には死の世界にいたんだ。だから僕は死を知ってる。だって死んでたんだから。それならきっと、そのまま死んでも良かったんだ。いやむしろ、死んだほうが自然だったんじゃないのだろうか…
僕はいたたまれない気持ちになった。そのあと僕は、よってたかって無理やり生かされた。それは本当に正しかったのだろうか?