僕を止めてください 【小説】



 この時の栄養士が大変優秀な人で、ビタミンだけではなく、各種栄養の効率的な摂取方法を教示してくれた。母親に習った白飯と味噌汁だけではこうなると、僕の日々の食事を調べて対策を練ってくれた。米は胚芽米にして、タンパク質もちゃんと取ること、生野菜でも果物でもいいから生の植物も身体に入れること、ミネラルをきちんととること…などなど。で、面倒なので、生食以外、ほとんど全部を味噌汁の中に投下して食事にしていた。味は興味ないので無視した。お陰様で以来脚気にはなっていない。

 その味噌汁がこれだ。

「あ、味噌汁と飯? 岡本君自炊か。偉いな」

 風呂から出てきた幸村さんは、服を着て座卓の前にあぐらをかいて座った。

「なんで君の分無いの?」
「残りが一人分しかないし。どうせ僕はいつも食欲ないんで。一日一食でも生きていけるし。あとで牛乳でも飲みます」
「悪いな…でもありがたく頂くわ。ほんとに腹減っちゃって。あとで埋め合わせするから」
「結構です」
「ま、いいって。じゃ、いただきます」

 味噌汁のお椀を持つと、幸村さんは箸で中身をすくった。ちくわ。

「ちくわって味噌汁に入れたっけ」
「さあ」
 
 幸村さんはちくわを食べた。これは安くてタンパク質の高い食材のひとつである。次に箸に挟んだのは、高野豆腐だった。

「高野豆腐って…」
「さあ」

 これもタンパク質強化食品だ。コスパがいいし、買い物に行かなくてもいい保存食。ああ、その黒いのは…

「これ…ひじき入ってる」
「ええ。ミネラルの強化です」
「人参」
「ええ」
「ひじきの煮物を味噌汁に入れたのか?」
「いえ。違います」
「キャベツ」
「キャベツは普通です。なんでいちいち言うんですか?」
「味噌汁の常識がくつがえってるからだろうな…玉ねぎ?」
「玉ねぎは普通ですが、なにか問題でも?」
「これは玉ねぎだよな、って聞いただけ」
「丸屋で卵のセールがあればちくわと高野豆腐でなく卵になるんですけどね」
「卵…」
「薄給なんで。自炊で栄養摂ろうとするとこうなります」
「こんなマンション住んでて薄給?」
「ああ、この部屋だけ事故物件なんでものすごく安いんです。ここの借り主さん堺先生が解剖したみたいですよ。2年前くらいって言ってたかなぁ。大学に近いし、臭いはもう抜けたろうけど、噂になっちゃったからどうせ誰も入ってないだろうって堺先生が推薦してくれて」
「あ…なんか来たことあると思ったら…」
「担当だったんですか?」
「…まぁな」
「そこのベッドのあたりで亡くなってたみたいです」
「え…そうだったっけ」
「お陰様で死んだみたいに良く眠れます」
「それは良かったな」

 幸村さんはご飯茶碗に移った。

「塩くれる?」
「薄いですか」
「全体的にな」

 僕は食卓塩をキッチンから持ってきて幸村さんに渡した。

「ああ、これでいいわ」

 ご飯と味噌汁に塩を振ると、それ以上はなにも言わずに完食した。よっぽど腹が空いていたんだろう。

「ごちそうさま」

 両手を合わせてそういったのを見て、ここだけ行儀のいい人だと思った。





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