僕を止めてください 【小説】
秋の林野庁の査察を控え、林業組合が前乗りで木材の伐採現場を下見している時に、組合員の一人が山林で腐乱死体を発見した。一般登山道に近い伐採現場で、秋口を経て死亡からかなり日数が経っているし、崩壊と白骨化が進んでいるのと野犬や烏に荒らされていて警察の検視では性別、身元、死因はわからなかった。遺留品の捜索と並行して当然司法解剖となった。
死体の出た自治体は県境に接していて山深く、JRの◯×駅周辺は自治体の中心地となっていて、自治体の役場と所轄の警察署がある。この駅から登山家には古くから人気の2つの連峰への登山口にバスでアプローチできる。なので、ここの所轄からは登山中の事故死や過失致死などの解剖案件がここに来ることが多い。
ハイカーは入山前に警察署には登山届を提出する。夏から秋にかけては登山ラッシュとなるが、届け出の名簿には遭難や行方不明者などの異状は特になく、地元住民の事故かもしくは自殺目的の無届入山、でなければ殺人等の死体遺棄の可能性がある。地元住民の行方不明や捜索願など調べても特に該当がなく、いつも通り山深い県にありがちな、他県からの来訪、もしくは持ち込み遺棄の可能性も大きかった。
その日は堺教授は医学部の解剖実習で午後は大学だった。僕と菅平さんで受け入れとなり、アシストに検査技師の鈴木さんが入ることになった。昼過ぎには遺体が到着する予定だった。僕は入念にミントと保冷剤で武装した。
例のダムから上がった入水自殺屍体以降、なぜかぷっつりと自殺の遺体が法医学教室に運ばれてこなくなっていた。偶然に自殺者が出ていないか、もしくは検視の段階で判別されているせいか、コミュニケーションを再び取ることをやめた僕はその真相を追求しなかった。
かと言って、異状死体が減ったわけではなく、夏場に多い水場のレジャーでの水死体や熱中症による独居高齢者の孤独死などが、猛暑の今年は相次いだ。大きな台風が8月の終わりにこの地方を直撃し、山間部の土砂崩れで家屋などの下敷きになり一家4人が死亡。暑さでバテていた僕と堺教授は、その4人いっぺんの司法解剖で体力を使い果たし、大学の医務室で並んで点滴を受ける始末だった。
そんな残暑のキツい秋口を過ぎて、10月に入ったばかりの空の高い日だった。少しづつひんやりしてくる空気が心地良く、夏バテもだいぶ回復してきていた。だが午後になり、遺体の受け入れが近づいてくると、妙にそわそわした落ち着かない気分になっていた。そう言う予感は得てして当たるものだった。