僕を止めてください 【小説】
夜中に不意に尿意で目が覚めた。背中に誰か居る。寝ぼけていて一瞬よくわからなかったが、そういえば佐伯陸に添い寝されていたと思い出す。佐伯陸はスースー寝息を立てて眠っていた。泣き寝入りというヤツだろう。起こさないようにそっと布団から抜け出し、暗がりの中をトイレに行って用を足した。帰りにキッチンでまた水を1杯飲んだ。そのまま暗い中をベッドに静かに戻ると、佐伯陸が目を覚ましていた。
「裕さん、起きたの?」
「トイレ」
「そっか。いま何時?」
「12時くらいかな」
何事も無かったようにまた布団に入った。そしてまた佐伯陸に背中を向けて横になった。背後から囁く声がした。
「そういえば、裕さん」
「なに?」
「清水さんって警察医の人、知ってる?」
いきなり無防備なところでその名前が出た。不意を突かれたせいか、心臓がいきなり肋骨の壁を打ち始めた。
「泣いてスッキリして忘れるとこだった」
「ああ、この前、初めて会ったけど」
「もう会ったんだ。どうでした? あの人、変ですよね。なんか怪しいから裕さんにお知らせしとかなきゃと思って」
「あ、そう」
変なのは知ってるし、怪しいとかの問題では既になくなっている。しかし、こんな面倒な人にそこまで怪しいと思わせる言動をすでに曝しているとは一体どういうつもりなのだろうか? 思ったより不用意なドクター清水が意外だった。まさか、そこまで軽率なのか? それを聞くと、車の中で僕に抱きついた彼は本当に我慢出来なかったのかも知れないと思い始めた。あの夜の遭遇は周到に敷かれた罠じゃなかったのか? それとも彼は、ただ単に持っているカードが禍々しすぎるだけの無策な狂人なのか?
「裕さんのことボクに根掘り葉掘り訊いてきて。なんか口だけ丁寧なのに、情緒不安定過ぎて引いた」
「そうだね。だいたい合ってる」
「浩輔とも知り合いみたいなこと言ってた」
「そりゃ強行班だから、検死でいつも会ってるって幸村さんからも清水先生の話しは出たよ。仕事はデキる人だから、僕の司法解剖も清水先生のおかげで減ったしね。それに幸村さん、AIセンターに関わるとか言ってたから。清水先生がAIセンター構想進めてる張本人だから、当然じゃないかな」
「センター、裕さんもでしょ?」
「ああ、うん」
「あの人、裕さんのこと絶対狙ってる。ボクにはわかる」
もう遅い…と口に出そうになった。しかし、清水先生、脇が甘すぎる。佐伯陸に僕のことをどのように訊いたんだろう? 最初は理性的だったはずだ。僕に会いに来た時もそうだった。そして次第に理性が感情に凌駕されていったのだろう。彼が知らない僕の情報を佐伯陸が得意げに教え始めると。コントロール不能にも程がある。もともと幸村さんが、清水センセには裏がありそうで読めない、などと僕にコメントしている時点で、自分の気持ちや意図を隠そうという作戦が上手くいってないのは間違いないだろう。なんなんだ…あの人は。
「狙ってもその人が死ぬだけだから。心配しなくてもいいよ」
「そういうのやめて」
「事実だ」
「違うって! 裕さんのせいじゃない」
「はいはい」
佐伯陸は少し黙っていたが、いきなり僕の肩を掴んで引いた。
「な…」
「清水って人になんかされた?」
なんで理系なのにこういう鼻の利き方するのだろうか。