僕を止めてください 【小説】


「辛いよな……セックスが嫌いなくせに、発作が終わってもお前は確実に死の欲望を成就させるために、自分を殺してくれそうな男を誑かそうと、自殺屍体を見て少しだけ欲情するのかもな。恋愛感情のない陸だって、お前の頸、絞めたんだろ? あいつも言ってた。抗いがたい誘惑に負けちゃったんだって。インキュバスとでも言えば良いのか。清水さんはお前の画像だけで魂まで持ってかれたんだ。あの人こそセックスが大嫌いなのに。そういう意味では清水さんは、画像の中のお前を見ただけでお前の無意識の渇望を見抜いたんだから、実際大したもんだぜ。それに、あの人は究極お前の望み通り、お前を殺す覚悟で生きてるんだもんな…」

 そう言って幸村さんは黙った。吐き気は止まらなかった。困ったことに、どこまで行っても反論の余地がない。そうしたら、と、戦慄の中で僕はわかってきた。父に置いて行かれた空虚に耐えられず、幼い頃から死んでいると思い込んで暮らしていた僕の防衛機制を佳彦は開けてしまい、すぐに殺してくれるだろうと高をくくっていたものの、彼から別れを告げられて、生きたままいることが耐え難い苦痛として僕を苛んだ。死を望み、佳彦に殺され損ねた僕は悪気のない悪魔となった。神なんかじゃない。小島さんは僕に甘かった。それだけのことだ。
 その理由がわかったのはそのあと。父親の自殺を知って、生きている人の世界に置いて行かれた、それが理由だろうと確信した。思えば全部わかっていた。全部わかっていたくせに、それが本当かどうか僕はわかっていなかったのか? 他人にこうやって自分の認識をトレースされるまで、僕は自分の確信をどこかフィクションであるとナメていたということになる。だって、事実を確認していないでしょう? 妄想とも言うんだよそれは。そう言われてもそれを拒絶して思い込むことで人間関係をシャットアウトする言い訳を構築した。だがどうだ。こうやって他人から指摘された時、僕は本当に自分がそういう人間だということの恐ろしさにこんなにも耐え難いのだ。結局、どういうことだ? 僕は自分をずっと被害者だと思ってきたのではないか? 不服ながら加害者のふりをしていただけなのではないのか? 己を死神と自称しながら本当は自分のことを全く悪くないと思っていたんじゃないのか!?

「だからお前には、自分を殺させるか、誰とも関わらないか、人間関係にその二択しか無いんだな」

 佳彦はこんな風に言っていたとあの夜、清水センセが教えてくれたじゃないか。

(僕の可愛い悪魔を野放しにして、誰かを同じ目に遭わせてやりたくなった。そして願わくば…自分のせいで壊れた誰かを見た裕をまた、泣かせたい。あの日のように……)

「そうです。幸村さんの言う通りです」
「否定しないのか」
「ええ。初めからあの人は言っていました。お前は悪魔だって。でも死神の方が僕の好みだったんでしょう。でも、間違ってた。すみませんでした。おやすみなさい」


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