僕を止めてください 【小説】
教授と狂人
しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。
「来・ま・し・た・よぉ」
そう言うと寺岡さんはいたずら坊主のごとく口角を上げて立ち上がり、廊下に吸い込まれていった。奥の方でドアの開く音がした途端に、わぁー清水さん? 寺岡です、どうぞ入って下さい! というフランクな応対が聞こえてきた。ソファの僕からはそのやりとりは全く見えていない。初めての寺岡さんに清水センセはどんな顔しているんだろう。
「すみません、失礼します。清水です…」
ドアの方から聞き慣れた声がする。寺岡さんは素早く戻ってきたかと思うと興奮した声を押し殺して僕に囁いた。
「あのイケてないメガネわざと掛けてんだよね? 隠れイケメンじゃないの! あれはイケメンっていう生き物だよ? 裕、分かってる?」
「ああ、ええ、はい。寺岡さん、落ち着いて下さい」
「教えてくれないんだもん! まぁ裕がそんなこと言うわけないけどさ! あれ? 入って入ってー。こっち来て下さいよー、裕もいますから」
廊下からおずおずとこちらを覗う清水センセがようやく現れた。あたふたと着ていたダウンコートを脱ぎ、急ぎ両手で抱えると、ペコリとお辞儀をした。
「……お邪魔します。今日はよろしくお願いします」
「お疲れ様です先生。初めまして。いきなり呼び出してすみません」
「いえ、逆に助かりました」
「そういえば先生、仕事夜までって言ってた気がしたんですが、抜け出してきて大丈夫なんですか?」
「今日、半休取ってたから」
「えっ、すみません。なんで半……」
萎縮しまくっている清水センセに僕は緊張が解けるようにいつもの調子で話しかけた。すると彼はその位置から、いきなり僕たちに向かって深々と頭を下げた。
「申し訳ありません! もう僕のことは裕くんから聞いてますよね? 本当にすみません。こんなことになってしまって……」
まさか、第一声が謝罪から入るとは思わなかったので、僕はあわてて彼をなだめた。