ビター・スウィート



「もう!いきなりなにする……」

「ありがとな」

「……え?」



そして、これまた唐突に彼がつぶやいた一言。

『ありがとな』、その言葉を口にする彼は同じ傘の下で、呆れたように、けれど優しい目をして笑う。

それだけで、私の拙い言葉でも伝えたい気持ちはきちんと伝わったのだろうと感じることが出来た。



「どういたしまして。お礼なら明日コーヒーおごってください」

「調子のんな。仕事倍やらせるぞ」

「ひどい!」



泣きそうな顔をしてしまったのは、彼が弱さを見せないから。

その心の痛みを想ったら、私の心も痛かったから。



きっと、その恋の苦さはこれからも思い出す。けど、『そんなこともあったね』って、いつか心から笑える日がくるように。

ただ今は、想うままに愛そう。



雨の中、ふたり傘の下で肩を並べて歩き出した。






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