キスから始まる方程式
◆七瀬の嘘、冬真の嘘



翌朝。



「よいしょっ……よいしょっ……」



学校の階段を手すりにつかまりながら、一歩一歩踏みしめるように上って行く。


ハァッ……ハァッ……と息が切れ、みるみる間に額には汗がじわりと滲んできた。



普段はなんてことない教室までの道のりだが、やはり片足が使えないというのは想像以上に不便なもので……。


目の前に立ちはだかる緩やかな階段が、今日はまるで断崖絶壁のようにさえ見える。


三年の教室がある三階へ辿り着くまでの苦労を思うと、気が遠くなりそうだった。



せめて三年の教室が一階だったら良かったのになぁ。教室移動も大変そうだし……。

……ってか、エレベーターとかあればもっと良かったのに~っ!



どうにもならない不満と贅沢な要望が、次から次へと頭の中に沸いてくる。


そんなことを思ったところで仕方がないとわかってはいるのだが、人間というのは実に勝手な生き物で、自分に都合が悪いことにはなかなか寛容になれないものなのだ。




「ふい~っ! やっと着いた~っ」



数分ほどかけてようやく三階へと到着した私。


包帯がグルグルに巻かれた自分の左足首に改めて視線を落とすと、自然と大きな溜め息が漏れた。




昨日はあれから、翔が保健室を出て行った後、10分程して養護教諭の大内先生が慌てて戻って来た。


案の定職員室で他の先生と何かの打ち合せをしていたらしいのだが、翔から私の話を聞いてすぐに駆けつけてくれたらしい。


その後仕事中の母親に連絡を取って迎えに来てもらい、病院へ行ったほうがいいとの先生の勧めでその足で近くの病院へと立ち寄った。


診断は幸いにも軽い捻挫とのことで、全治一週間。


他の打ち身も多少痣にはなっているもののどれも皆たいしたことはなく、足の捻挫さえ治ってしまえば部活にもすぐに復帰できそうだった。
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