ラベンダー荘(失くしたものが見つかる場所)
 階段の下で、かおりと信也が何か言っているのが聞こえている。

 ラベンダー荘の謎について話しているのだろうか。

 結局昨日は何も起こらなかった。

 私はとりあえずアキラという人物に挨拶するために、朝食を終えるとすぐ、向かいの部屋に行くことにした。

 花が咲きそうな小さなサボテンを手に、扉の前に立つ。

 難しい人らしいから、サボテンの花が空気を少しでも和らげてくれることを期待して。


 最初のノック。


 返事はない。

 一瞬、この姿が間抜けに見えないか心配になるが、勢いを失うまえにもう一度、今度は強めにノックする。

 すると、異様なまでに静かだった部屋の中がガタガタと揺れた。

 そして、「ポロン」という変な音がした後、戸が勢いよく開けられる。


「!!!!!!」


 ここまで不意をつかれるとは思わなかった。 

 信也が言ったように確かに「少年」のように見えなくもないが、華奢な肩や手、それに発せられる独特の雰囲気が女であることを物語っている。

 切れ長の瞳に宿った光は鋭く、とても誘拐されそうにない。

 背は私より少し低く、年齢は完全に不詳。

「なに」

 初めて聴いた声は、ぶっきらぼうな表情と言葉にはそぐわない美声だった。 

「はじめまして、わたし―――」

 私は自分の部屋を指差しながら、渡辺優子と名乗る。

 それに目の前の少年のような女は、「知ってる」と軽く受け流す。

 そして扉を閉めようとするので、私はとっさに力いっぱいその扉を押さえた。

 いぶかしげに見開かれた目に、わたしは慌ててつくろうように言い放つ。

「ギター弾かれるんですね」

 部屋の奥にちらりと見える倒れたギター。

 戸が開く前に聞こえた音は、きっとギターにひっかかった音だろう。

「私も少し弾けるんです」

「ふーん」

 アキラは頭に手をやりながら、空中に視線を泳がした。

 そしてしばらくしてから。

「あのさ、もう少し寝たいんだけど。わるいけど」

「ごめんなさい、あの、一つだけ。ハーブのことなんですけど」
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