Pair key 〜繋がった2つの愛〜

「俊哉さん?……どしたの?」



気が付くと愛音が心配そうに私の顔を覗き込もうとしていた。
いつの間にか抱き締めていた腕は緩み、自分の背や腰に回されていた手の平が撫でる感触もない。

この際、嘘でも構わない。お前が了承してくれていたら……今からでも貫いてみせると言ってくれたら、どんなに気が楽だろう。

こんなところでも馬鹿正直なのは……心に忠実なのは、時に残酷なものだと痛感した。


問いただし、白黒はっきりさせたいが、知ってしまうのが怖くもある。

まさか自分がこのように女々しい不安に駆られるなど、思ってもみなかった事で……
どうして私では駄目なのか、なぜ私と共にいるのか、まさか他に男がいるのか、それとも何か事情があるのか、それは私には言えない事柄なのか否か……
そんな事、口が裂けても言える道理が無かった。

全てを暴いて知り尽くし支配したいという願いと、先のことなど考えずに今の関係が続く限りこのまま安穏に浸りたいという、矛盾した願い。

そんな滑稽な理由で決断に躊躇うなど、以前の私には考えられないことだった。


安心や安定を望み、喪失や変化を疎むなど……

(ふっ……私も歳をとったものだな)

いや、私が変わったのではない……お前が私を変えたのだ——
なのにお前は、そんな私を切り捨てて、責任も果たさずに立ち去ろうというのか……

(そんな事が、許されると思っているのか?)

頭の中で反響するように拡がって染み渡り、渦巻いているのはドス黒い感情。破壊と破滅をもたらしそうな、猜疑と不信の塊だった。

すっかり身を潜めていたはずの感情が呼び起こされ、再び芽吹いて糧を得る……

今が良ければそれでいい――
そう思う一方で、愛音の全てを制限し、未来を奪ってしまいたい。

愛音が望むのなら、解き放して遣らねばなるまい――
そう言い聞かせておきながら、手離すものかと豪語してしまいそうな自分。

このせめぎ合う感情は何と呼ばれるものだろうか。
葛藤などという単純なも一言では生易しい。

表しがたい衝動と慟哭……

声に出してこそ言わないが、突き詰めなければ治まりそうもなかった。





「……何でもない」

その場しのぎの台詞を吐いて、私は再び愛音の体を抱きしめた。

(この器だけでは足りんのだ。中身が伴ってこそ、抱く意味があるというのに……)

私は複雑に絡み合う感情を持て余した。
出口を求めて彷徨い渦巻くそれを、攻撃的な態度でもって示唆するしか……為す術が無かった。

荒波にまかせて愛音を味わい責めること。
それが今の私に許された、唯一の方法に思えた。



(お前は私だけのものだ……)

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