Pair key 〜繋がった2つの愛〜
無駄に広い、ピカピカに磨かれた三面鏡のある洗面所。
その奥に続くガラス張りの扉と壁の向こうには、これまた無駄に広い浴室。
贅沢にも内風呂と外風呂の2つがあり、しかもその一つはどう見ても正真正銘の露天風呂だった。
本当に、屋根も仕切りも何も無い。落下防止?の囲いは透明だった。

(え、もしかして丸見え?いくらなんでも開放的すぎなんじゃ……)

ぎょっとする余り、まじまじと観察してしまう。
確かに林の奥にある建物だし、そもそも私有地だから人の出入りもなくて安心……なのかもしれないけど、階下には宿の従業員さんが待機しているわけだし、庶民のわたしにはかなり抵抗があるお風呂だと思った。

鏡の前に戻って、真っ白な楕円形のシンクが大理石のような模様の机にはまっているのを見て思う。

(これ、本物なのかな……)

わたしには本物とイミテーションの区別はつかない。
けど、めちゃくちゃ高級感が漂うこの離れ……たぶん、みんな本物なんだろう。
松元さんが決めたこの宿は、とても一般向けには思えなかった。もし一般の人が使うとしたら、余程特別な日かなにかだと思う。
結婚記念日とか、婚前旅行とか、大きな節目にあたる誕生日とか……?

ある意味わたしにとっても今日は、こんな豪勢な宿に泊まれるというだけで、すでに特別な日になってるのかもしれない。

「特別な日、か……」

松元さんは、普段となんら変わらない……いつも、何でもない日でもこういう所に泊まってるんだろうなと思う。
こんな場所に泊まることに慣れてしまうなんて、今のわたしには考えられないけど……何年も何十年も、そんな生活をしていたら、いつかはわたしでも慣れてしまうんだろうか。

なんかチョット怖いと思った……っていうか正直落ち着かなくて。
わたしは、もっと普通のホテルに泊まりたかったな、なーんて自分勝手なことを考えたりしていた。


パシャパシャと水をまき散らし、使い慣れない化粧品を洗い流した後……鏡に映る素顔のままの自分をジッと見る。
松元さんにすっぴんを見せるのが、今さら恥ずかしいなんて思ったりはしない。
普段がほとんどノーメイクと代わらないほどの薄化粧だし、どちらかといえば今日みたく気合いを入れてメイクした時の方が余程に緊張する……それなのに。

(未だにノーコメント……)


「なんか切ない・・・っていうか惨め・・・」

嘆かわしい現実を口にしたあと、わたしは髪留めを取り外して前髪をおろし、髪型を整え、控えめに揺れるピアスを外して……飾り気の無い姿に戻る。

「はぁー……」

「地味だけど、これがわたしなんだ……」

嫌いでもなければ、好きでもない。
そんな見慣れた顔を鏡に映して……わたしはまた一つ溜め息をこぼし、無色のリップクリームだけをぬって、松元さんの待つ部屋に戻った。
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