星空は100年後
「早く戻って、雅人に文句でも言われたらいいのよ。文句も言わせないままなんて許さないんだから。ちゃんと、自分の口で伝えて」
「ほんと、こっちの気持ち無視なんだから」
「当たり前でしょ、雅人のほうが大事なんだから」

 雅人が大事。

 雅人が笑顔になればいい。

 そのためならなんだってしてみせるよ。

 わたしにだけ町田さんが見えたのも、雅人を助けるために必要だったからなのかもしれない。それは、わたしにしかできないからかもしれない。

「だけど、さ」

 すっくと立ち上がり、町田さんに手を差し伸べた。

 彼女は戸惑いながらわたしの手を掴んでゆっくりと腰を上げて視線を合わせる。


「雅人にとって町田さんが大事な人なんだっていうなら、わたしも、仕方ないから、町田さんを大事な人にしてあげる」


 大事な人の、大事な人は、雅人の笑顔のために、わたしにとっても大事な人だ。

「100年生きないと、許さないから」
「ふ、厳しいなあ、雅人くんの、大事な人は」

 町田さんが涙を拭って笑った。

「ありがと。あと、ごめんね、終業式の日」
「え? なにが」
「嫌味、言っちゃったこと。雅人くんが美輝ちゃんの誕生日の話して、イライラして八つ当たりしちゃったの」

 ああ、だから、あの日の彼女はすごくいやな感じだったのか。雅人が終業式に微妙な雰囲気になったとか言っていたのも、わたしの誕生日が原因だったのかもしれない。

 あのときに聞いていたら、そんなの当たり前じゃん、と思っていたけれど、今ならちょっと、わたしも申し訳なかったなと思う。彼女にいやな気持ちにさせた原因は、わたしにもある。

「いいよ、お互い様だし」
「まあ、そうね」

 わたしに初めて見せる、彼女の真っ直ぐな微笑み。

 それを見て、わたしも自然に、笑顔を見せることができた。

 いつの間にか賢も屋上にやってきていて、どこかからかわたしたちの会話を見ていたようだ。首を傾げてこちらを見ていた。

「賢、ドア、開けておいて」
「え? あ、うん」

 呼びかけると、戸惑いながらもドアを開けてくれる。そこから、町田さんはしっかりとした足取りで病院内に戻っていった。
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