星空は100年後
 雅人はわたしより泣き虫だった。転んだ時、泣くのはいつも雅人だった。怒られた時だって、いつも泣いていた。わたしが転んだときでさえ、泣くのが雅人だったじゃない。なのに、なんで笑ってるの? 心配させないようにしているの? そんなのできるわけないのに。しなくていいのに。

 だけど、それが随分前の記憶だったことを思い出した。

 気がつけば雅人は、いつも笑っていた。もちろん、泣くようなことがなかっただけかもしれないけれど、それでも、ずっと泣いている姿を見ていない。

「ごめ、ちょっと……」

 わたしの顔を見ることなく、未だに歪な笑顔を顔に貼り付けて、雅人が席を立った。それを追いかけるように、しばらくしてから賢が腰を上げる。

 わたしは、なにをしているんだろう。

 ひとりきりで、静かな場所で、なにも出来ずに、いら立ちだけを募らせて……。なにも、出来ない自分が悔しくて仕方ない。雅人に頼ってももらえない。雅人にとって、泣ける場所になることもできない。無理をさせてしまっている自分が、すごく……悔しい。

 じっと、奥歯を噛んでふたりを待っていたけれど、ふたりがいつまでたっても帰ってこないことに不安を抱いてゆっくりと席を立った。

 追いかけて、なにができるわけでもないのに。

 そんなことを思って、自嘲気味な笑みが溢れる。


「——な、んで」


 遠くから雅人の声が聞こえて、曲がり角からゆっくりと覗き込んだ。

 ただ、そこには賢がひとり立っているだけ。

 そばにいる私に気がついた賢が、とても苦しそうな表情でわたしを見つめてから、頭を振った。それは、わたしがこれ以上近づくを止めているように感じられる。

 賢が立っている場所は、男子トイレの前だ。

「なんで……きみ、ちゃん……」

 それは小さな声なのに、静かな病院には響き渡るような大声に聞こえた。

「お願いだから……お願いだから……歩けなくても、動けなくても……いいから……っ! 文句の一つくらい……言わせて、よ」

 泣いている。雅人が、ひとりで、それでも涙を堪えるように、絞りだすような声で。わたしにも賢にも見えない場所で、それでもこらえきれない声を絞り出して。

 なにもできないことを痛いほど感じた。
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