Crescent Moon



ふんわりと柔らかく微笑み、私に声をかける環奈。

いつもは私の名前なんて呼び捨てているのに、生徒がいる手前、きちんと瀬川先生だなんて呼んでいる。


環奈がこうして、私のクラスに顔を出すのは珍しい。

よっぽどの用事がない限り、担任として受け持つクラス以外の教室には顔を出さない。


それは環奈に限らず、他の先生方も同じこと。

もちろん、私だって例外じゃない。



音大卒の環奈の担当科目は、当然だけれど音楽。

音楽室か、その隣の音楽準備室、もしくは自分が担任をしている教室にいることが多い。


こうして、職員室ではない場所で顔を合わせるのは珍しいことなのだ。



(どうしたんだろう?)


今日は、どことなく騒がしい日だなと思う。

戸田くんに絡まれたり、その戸田くんにくっつく唐沢さんと話をしたり、環奈が珍しく訪ねてきたりと、一気に人が集まってきていて、にわかに忙しさを滲ませてきたこの場所。


呑気にそんなことを考えていた私の目の前を、環奈が笑顔で通り過ぎていく。

環奈が立ち止まったのは、私の前ではなかった。


あの男、そう、悪魔の目の前だった。




「冴島先生、次の時間は空きですか?」


ほんのりと頬をピンク色に染め、環奈が少女の様な仕草でそう聞く。

唐沢さんのことも十分過ぎるくらいにすごいと感じていたけれど、目の前の友達である環奈も負けてはいない。


雰囲気は柔らかいのに、その奥にあるのは確かな感情。

はっきりとした意思を持って、彼女はここにいる。



(あーーー、そういう………ことか。)


どうして、すぐに見抜けなかったのだろう。

どうして、すぐに気が付かなかったのだろう。


環奈は、あんなに分かりやすく表現してくれていたのに。

私の前で、その気持ちを伝えていたのに。



「わー、格好いい………!」

「え?」

「最近会った人の中で、1番じゃない!?」



あの男に興味を持っていると、あの男のことが気になるのだと私に言っていたのに。


私には悪魔の様に見える男だけれど、環奈にとっては違うのだ。

素敵な異性。

恋に落ちてもおかしくない、そういう対象として、あの男が映っているのだ。



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