花の名は、ダリア

ⅩⅠ


クララは走る。

人気のない裏道を選んで。
暗くて細い路地を選んで。

真夜中の街をクララは走る。

たまに後ろを振り返り、誰もいないことを確認して安堵の溜め息を吐くが…

油断はできない。

フランシスのことを『おまえの愛するバケモノ』なんて罵ったあの男、ソージこそが、本物のバケモノなのだから。

ソージは銃弾を躱した。
さらに、ステッキで弾いた。
さらにさらに、素手で掴み取った。

人ではあり得ない。

今のままでは勝ち目はない。

だが、諦めるつもりは毛頭ない。

とにかくこの場は逃げ延びなければ。
逃げて態勢を整えなければ。

そしてチャンスを待ち、バケモノの目を盗んで…


(あの女を…)


主人を失った安楽椅子の前に立つ、神が創った芸術品のような姿が脳裏に蘇り、クララは血が滲むほど唇を噛みしめた。

あの白い手が、フランシスの命を奪った。

あの白い手が、二人の幸せを奪った。

確かにその幸せは、多くの罪と多くの屍の上に成り立つモノだった。

でも、それがいったいなんだと言うの?

幸せだったのに。
幸せだったのに。

私は幸せだったのに!!!

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