*とある神社の一人ぼっちな狐さんとの、ひと夏の恋物語*

神社に戻った私たちは、
お賽銭箱の前に腰を下ろした。
といっても人の気配もないこの神社ではそんなお賽銭箱もただの飾りにすぎないのだが。


「なんで・・・不機嫌なんですか。」
おずおずと聞くと、
狐さんは私を見ずに「別に。」と言った。
そんな素っ気のない態度に、
胸が締め付けられる感覚がした。
「嘘です、怒ってます。」
口をとがらせてそう言うと、
彼は「あぁ、怒ってるよ。」と
苛立ったように吐き捨てた。

その態度に声が出ない私に、
狐さんはその声のトーンのまま続ける。


「大体、一度喰われそうになった相手に、たった数日であそこまで心を許して、隣に腰かけて、そいつから貰ったものを平気で口にいれて。もし毒が入っていたらどうしたんだ?そこまで頭が回らなかったにせよ、危機感が無さすぎるとは思わないのか。お前は無防備すぎる!」
「っ・・・、」
それは狐さんが初めて露わにした苛立ちで。
言葉にされると心の奥の方に、
刃物が刺さったように痛い。
「でもっ、親切にしてくれました。
悪い人には、思えなくて・・・。」
「一度喰われそうになったのにか。」
「・・・、ごめん、なさい。」
「別に謝れと言っているわけでは・・・。」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ・・・。」
「朱里・・・。」

穿いていたスカートに斑点が滲む。
それは他の何でもない私の涙で。
気づけば何筋も頬を伝っていて。
狐さんは私の事を心配してくれた事が、
凄く、すごく嬉しかったのに。
狐さんにここまで言わせなきゃわからない、自分の愚かさが情けなかった。
涙で濡れたスカートを林檎飴を持っていない方の手で握りしめる。



「・・・すまない、言い過ぎた。」
左右に大きく首を振る私。
「泣くな。朱里。」
ポン、と狐さんの手が頭の後ろの方に触れた。
それと同時に、急に身体が引かれる。
ボス、という低い音と同時に、
狐さんの胸に顔が当たる。
袴をめくり下げているせいか、
筋肉質なその身体に、
嫌に心臓が高鳴ってうるさい。

「泣くな。」

狐さんはそう言って、
私の背中を軽くたたく。
それはまるで壊れ物を扱っているようだった。


片手に握りしめていた、
林檎飴が地面に落ちた。
林檎飴に移された太陽が、
二人をよそに綺麗に輝いていた。___
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