LOVE or DIE *恋愛短編集*
『結婚してください!』

突然テレビから聞こえてきた大音量のその台詞に、僕はパスタが絡んだままのフォークを取り落とした。


あまりに慌てたから、何か詰まったらしい。

異物感を払拭しようと全力で咳き込む僕の背中を、慌てた彼女が隣に寄ってきて擦ってくれる。

ああ、彼女はこんなにいつも通りなのに、僕はこんなにも格好悪い。


「ご、ごめん、パスタ」

せっかく作ってくれたのに、食べ途中で。

落としたフォークはオフホワイトのラグに転がり、ミートソースの赤い染みを作っていた。

「ああ、ラグも」


ぷっと可笑しそうに笑った彼女は立ち上がり、キッチンに消えていく。

「別にこの程度の染み。パスタだって、いつでも作ってあげるわよ」

言いながら、布巾と新しいフォーク、それからまだ咳き込む僕のために水を持ってきた。


彼女は冷静だ。

僕だけがこんなに取り乱している。

つまりあれだ、彼女は何にも意識していないんだろう。

『結婚してください!』

僕をこんなに狼狽えさせた、さっきのテレビの台詞など。


じっと見つめてくる視線に耐えかねて皿に残るパスタを黙々と食べ始めると、彼女は濡れ布巾でラグを叩いた。

そして一言、

「あーあ、やっぱ落ちない」


……終わった。

今日こそと気合いを入れて入念に準備してきたはずなのに、一瞬の油断ですべてぱあだ。


さっきは「別に」と言ってくれたのに、実に残念そうな落ち込んだ表情をする。

小物でカラフルに飾られた彼女の部屋が落ち着きと調和を保っていたのは、この白いラグのおかげだ。

よっぽど気に入りの品だったに違いない。

「ごめん……次の休み、新しいのを買いに行こう」

顔を上げた彼女は、不服そうに口を尖らせた。

「弁償なんか」


どうやら完全に機嫌を損ねたらしい。

ポケットに忍ばせていたモノは最早憂鬱に変わった。

すまん、今回も出番無しだ。


「弁償なんか」

もう一度彼女が言った。

「それより」

ずいっと顔を寄せて来た彼女がどんな無理難題を言ってきても驚かないよう、僕は覚悟を決めて息を飲む。


「セキニン、取ってくれませんか?」

「……はい?」


彼女が僕にキスをした。

フォークが転がって、ラグにはもうひとつ染みができた。

彼女がリモコンを操作して、僕はさっきの台詞が録画だったことに気が付いた。
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