耳に残るは
お昼休み。

久々に美緒と一緒に食べることになった。

ここのところ二人して、それぞれの課の仕事の打合せやら何やらで
意外とタイミングが合わず、あの花火大会以来のランチだ。

私たちはコンビニで買ってきたものを手に、空いている応接室に二人で入った。

「はー、やっと聞けるわ。で、どうなの? 山ちゃん」

美緒が、席についたとたんに聞いてくる。

「・・・え? えーと、何が?」

首をかしげながら聞き返す。

「何がって、川田さんのことに決まってるでしょ。」

美緒が、パスタにトマトソースをかけながら言った。

「えぇ?」

「花火大会の後から、ちょいちょい談笑して仲よさそうじゃん。
どうしてたの?花火大会のあと」

「花火大会の後なら、別にどこか寄り道とかしてないよ」

そう答えながら玉子サンドを一口食べると、美緒はまだ聞きなおしてくる。

「えー、そこできっと何かあったんだと思ったのに。何も?」

ごくん。玉子サンドをのみこんで、私が言った。

「あー・・・あったと言えばあったよ。美緒の言ってるような『何か』じゃなければ」

フォークにからめたパスタを口に運びかけて、美緒が「ん?」と言いながら止まる。

「あったといえばあった??聞かせなさい。何もなかったかどうかは私が決めるから」

「なんだそりゃ」

「いいからいいから。とりあえず教えなさいって」

私が、花火大会の夜の『酔っぱらい襲撃(未遂)事件』について話し終えると
美緒が興奮に目を見開いて言った。

「ちょっとー!超かっこいいじゃん川田さん!守ってもらったんだ!」

さきほどフォークにからめたパスタはお皿に戻されたまま、話に夢中だ。

「うん、かっこよかったよ」

「フツーに惚れるわ!別れたあとに戻ってきてくれて庇ってくれるなんて素敵じゃない」

「あー、まあね」

「・・・なーに、山ちゃん。冷静じゃないの」

「いや、うん。確かにあのときはかっこいいと思ったよ。わざわざ助け出しに来てくれてさ。」

私は食べかけのサンドイッチを置き、オニオンスープをかき混ぜながら思い浮かべた。

あの夜、駐車場の街灯の下で見た彼の表情。言葉。

『心臓が止まりそうだった』

『もっと強く、送るよって言えば良かった』

あのとき、胸がきゅっと締めつけられた気持ち。

忘れてなんて、いない。

確かに、あのことがきっかけのようになり、私も彼に話しかける機会が増えた。

だけど。

「だけどさ、ちょっと優しくされただけと言えばそれまでかなって思う」」

「えぇ?でもさ、なんとも思ってなかったら、しないことだと思うんだけど。
席のことだって、帰りに守ってくれたことだって。
わざわざ追いかけてくれたんでしょ?川田さんが少なからず、山ちゃんのこと気に入ってるのは
確かだと思うよ」

「・・・正義感が強いだけだよ」

「いやいやいや。まあ、酔っぱらいの件は正義感も多少は、あるだろうけど。
席のことは違うでしょ。だって今までそれほど話したこともないのに、そんなの頼むなんて
おかしくない?」

「うーん・・・」

「何、何かあるの?盛り上がれない理由」

「理由っていうか。だって、しょうがないじゃん。
最近、急にだから、なんでなのかわかんないし。よく知らない人だし。
その場では嬉しくたって、ドキドキしたってさ、
あとでふと冷静になったら『それがどうした』って思う自分もいるんだよ。
モテモテ人生歩んでないと、逆にちょっとしたことがあったって盛り上がれないんだって。
トシもトシだしね」

「あー・・・まぁねー・・・」

美緒がブツブツ言いながら、フォークを手に取り食事を再開する。

私もオニオンスープをすすった。

すると、思案顔をしていた美緒が、呟くように言った。

「よく知らない人、か。でもさ、川田さん。良いと思うよ。優しくてまじめだって」

今度は私が顔を上げる。

「美緒、川田さんのこと知ってるの?」

「あ、花火大会のあとの飲み会でさ、奥田さんに聞いたの。山ちゃんのことあったし、どんな人か
気になっちゃって」

「なんて言ってた?」

「えっと、一浪してるとかで奥田さんたちより1歳上って言ってたかな。
入社してすぐは、関西に配属だったんだけどそのあと関東に戻ってきて
しばらく横浜勤務で、今年の春から本社に来たんだって。
他の人も、『優しいよ』って言ってた。
なんでも、クレームでアポ無し来訪したお客さんを通す応接室が全然空いてなかったときに
業者さんとの打ち合わせで使ってた場所、融通利かせて場所を開けてくれたとかで、
スタッフ受けも良いみたい。
あと、なんでもイエスって言うんじゃなくてダメなところはダメって
ちゃんと言うから、『川田さんじゃなきゃ』って言うお客様もいるって言ってたから、
仕事もできるほうだよ。」

「ふーん・・・そうなんだ。ありがと」

そうか、やっぱり良い人なんだなぁ。
残りひとつになった玉子サンドをほおばりながら、お礼を言う私に、なぜか鼻で笑う美緒。

「ありがと、って私がそれしか聞いてきてないと思ってるの?」

「え?」

「彼女!いるのかどうか、だけど。奥田さん曰く『何年か前に別れたって聞いてから
そういう話してないし、休みの日はサッカーばっかりしてるらしいから。
彼女いないはずだってよ」

「・・・へぇ」

「どう?川田さん。良い人みたいじゃない」

「それはわかったけど、まだ判断できませんってば」

そう答える私に笑いながら、美緒が時計をチラっと見て表情を変える。

「やばっ!もう45分だ。話に夢中過ぎて全然食べてないっ!」

私たちは慌てて食事を済ませて午後の仕事に戻った。

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