嫌われ者に恋をしました

 人前であんなに密着するなんて、すごくドキドキしたから、離してもらって雪菜は少しほっとした。隼人がまさかあんな大胆な行動をするなんて思わなかった。

 ペンギンブースを抜けると、そこで水族館は終わりだった。

「水族館、ここで終りなんですね。……本当にすごく楽しかったです」

「それなら良かった。でも、敬語をやめるのはなかなか難しいんだね」

「あっ!……やっぱり、急には無理です」

「ふーん」

「でも敬語だからって、隼人さんが一番であることに変わりはないのです」

 自分の気持ちをわかってほしくて、雪菜は隼人の目をじっと見つめて訴えた。そんな雪菜を見て、隼人は驚いたように少し目を大きくし、それからフッと笑った。

「うん、わかったよ。じゃあ、少しずつね」

「はい」

 隼人に手を引かれ、雪菜は出口のゲートを後にした。雪菜は隼人の背中をじっと見つめながら、本当に大好きなんです、と心の中でつぶやいた。

 雪菜が瀬川に対して敬語でなかったのは、瀬川が優しかった最初の頃に「敬語なんかよそよそしいからやめようぜ」と言ったからだった。その後もずっと、優しかった時のその言葉を信じて、敬語を使わないことにしがみ付いている自分がいることに雪菜は気がついていた。

 でも、そんなものにしがみ付いたところで瀬川が優しくなるわけでもなかったし、状況が変わるわけでもなかった。

 話し方なんて、きっと自然に二人の話し方になっていくに違いない。無理に敬語をやめなくても、ゆっくり二人の形を作っていけばいい。そう思ったらとても自由で解放された気持ちになった。そんな風に思える自分が雪菜は不思議だった。

 隼人に関わることを恐れず、前向きな自分がとても不思議で、雲一つない抜けるような青空みたいな爽快感を感じた。
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