幸福なキス〜好きになっても、いいですか? SS〜

耳元で囁かれる名前に、麻子はいつでも胸が高鳴る。
顔の横で感じる彼の吐息に緊張し、眼下で交差する逞しい腕に、ドキリとしてしまう。

純一は、そのまま髪に口づけするように、静かに言う。


「――結婚しないか」


突然のプロポーズに、さすがの麻子も頭が真っ白になる。

大体プロポーズと言えば、日常とはちょっと違う、特別なシチュエーションにされることがほとんどなのかと思っていた麻子にとって、このいつも通りのタイミングで言われるなんて青天の霹靂だ。
まるで時間が止まったように、麻子は息をするのも忘れて立っていた。


「いますぐ、ってつもりじゃない。でも、そう遠くない未来に」


自分に巻きついていた腕がするりと解け、肩が軽くなったと思えば、今度はその肩に掛かっている髪を掬いあげながら純一が言う。
ドクドクと逸る心臓を抑え、なんて口にしていいのかわからないままいると――。


「断るに値する理由がなければ、拒否権は与えない」


サラリ、と節ばった指から麻子の髪を滑り落とすと、小さな声で麻子が答える。


「……拒否権のないプロポーズなんて、聞いたことないんですけど」


純一が麻子の肩に手を置き、体を回すと、真っ赤に染めた頬で瞳を潤ます麻子が目に飛び込んできた。


「その顔は、同意と受け取っても?」


その言い方は、以前にも似た言葉で記憶している。初めて、麻子が素直に気持ちを伝えたときだ。


「……ちゃんと、このコを見てくれるなら」


つん、と心とは裏腹の態度で、麻子は視線を少し後ろで眠る子犬に向ける。


「10日間の約束だからな」


失笑して純一がそう答えると、麻子の顔をその手で包み込むように、深く深くくちづけた。

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