あなたへ。
えぴろーぐ

「千桜(ちお)のパパはどこにいるの?」
 私は縫い物をする手を休め、小さな娘を見る。
 娘は私に似たのか、とてもやんちゃで、走り回ってはよく転び、よくズボンの膝の部分に穴をあける。
「そうね。パパは遠いところにいるのよ」
「とおいとこ?」
「そうよ」
 娘は不思議そうに首を傾ける。
「そうね、歩いては行けないくらい遠いところよ」
「じてんしゃでも?」
「自転車でも無理ね」私は笑う。
 娘はつい最近、自転車に乗れるようになった。
「くるまでも?」
「そうよ」
 娘は寂しそうにまた絵を描き始める。
「でもね、」
 娘はまた私を見た。
「パパはあなたのこと見てるわよ。ずっとね」
「そうなの?」
「うん。そうなの」
「どうしてパパは千桜にあいにこないの?」
「遠くに行ってしまったからよ」
「どうしていっちゃったの?」
 私は娘の頭にそっと手を置く。彼の面影がどことなく残っている小さな娘。私と彼の娘。
 それから私は娘に笑いかけた。
「ママにもわからないわ」
「そうなの?」
「たぶんね」
 娘は一度テーブルに目線を落とす。そこにはこの前買ってあげた画用紙と、娘のお気に入りのクレヨンがある。
 それから少し上目遣いで私を見る。私と同じ癖。
「ママ、あのね」
「なあに?」
「千桜、パパに、おてがみ書きたいの」
「どうして?」
「ようちえんのせんせいが、とおくにいる人にはおてがみを書きましょう、っていってたの」
「そうなの?」
「うん」そして、
「パパに、おてがみ書いちゃだめ?」
 私は幼い娘の左頬に右手で触れる。娘はそうしてもらうのが好きだった。
「そうね。書いてあげて」
「うん」
 私は微笑む。
「パパ、喜ぶわ」
「うん!」
 小さな私と彼の娘は、新しい紙を取り出して彼への手紙を書き出した。
 私はその姿を見つめる。
 真剣に、彼への手紙を青いクレヨンで書く娘。
 自分のこと、私のこと、最近あったこと、そして、
 会いたいこと。
 一度も見たことがない父親への純粋な想いを、素直に書き綴る。
 この手紙が彼に届くと信じて。
 私は目を閉じる。浮かぶのは彼の姿。
 そうだ。
 私も書こう。
 ポストに入ることのない、切手のない手紙を。
 愛する人へ。
 そう、
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