クロワッサン同好会
パンは恋人。

第一回 パンは恋人。
私は合コンに来ていた。
小綺麗な洋風のディスプレイの店内に、男四人、女三人。
乾杯の合図と共に、二時間の食べ飲み放題。うんざりだ。斜め前の男の子が話しかけてきた。
「九条さんは○□県出身なんだよね?どこ高校?」
同じ県出身の確か宮木君だ。私は疲れを見せないように明るく答えた。
「四条高校です。宮木さんは?」
「隣の五条高校!近いじゃん。よろしくね。」
何がよろしくだ。こっちはまだやりかけのレポートが残っている。隣で亜利砂が
「かんぱーい!!」
と八杯目の生ビールを飲み始めた。
これが合コンか。といってもただの飲み会である。雅に誘われて頭数合わせで参加したがこれじゃ高校の同級生と飲むのと変わらない。そうはいっても相手は工学部の三年生だが。
目の前の男の子はまったく話さない。 「あの、深原さんはどこのサークルに所属してるんですか?」
開始30分。今までどんな質問をしても、うんかう~んとしか答えてこなかった、天パに黒ぶちメガネの深原という男の子が、この質問で初めて顔を上げた。目がキラキラとしている。
「クロワッサン同好会です。」
「かんぱーい!!」
先ほどの、宮木さんの声で打ち消された。なにやら亜利砂と意気投合して盛り上がっている。雅はというと、男性二人を虜にしてしまっている。
その盛り上がりの中で私はちょろっとたずねてみた。
「クロワッサン同好会ですか?」
「はい。僕が部長を務めるサークルです。」
深原さんはニコニコと笑った。
最初のあいさつの前から独特のまったりなオーラをかもし出していた深原さんだが、笑顔はいっそう癒される。
「僕はだいたいサークル勧誘のつもりでここに来たんですけどね。一年生の女の子達が来ると聞いて。」
「私も頭数合わせできたんです。それでそのサークルはどんな活動をするんですか。」
飲んでいたカルアミルクがもうすぐ無くなる。深原さんが店員さんをよんでくれた。
「僕はこういう場が苦手でして、僕も頭数合わせなんです。」
そういって深原さんはウーロン茶を頼む。私も飲みすぎたくないので安心してウーロン茶を頼んだ。
「突然だけど九条さん、あなたはクロワッサンは好きですか?」
「クロワッサン?好きですけど。」
「合格です。それでは当サークルについてお話しましょう。」
「深原!」
こちらの会話も露知らずな宮木さんが割って入ってきた。
「深原、お前飲めよ!あと、席替えタイム!」
強制的に席替えタイムとなった。宮木さんと亜利砂はすでに酒臭い。残りの二人の男の子たちはどちらが先に雅からメアドを聞くかで険悪なムードになっている。次の席では深原さんと遠い席になってしまった。まだ話の途中だったのに。男の子だけが席を移動して、今度は宮木さんの前になった。今度は席のチェンジが遅かった。宮木さん相手だけに一時間以上はしゃべっただろうか。最後の席交代の人とは10分くらいしか話せなかった。宮木さんはしきりに、九条さんはショートカットが似合うとか、明るくて可愛いとか、ほめちぎった。私は男の子にこうやってほめられるのに慣れていない恥ずかしさと、宮木さんのたらしっぽい態度への応対の疲れで、終始必死に笑顔を繕って耐えた。最後に話した人は普通の人で、誉めちぎり地獄から解放されてほっとした。終わり間際、宮木さんがラインのIDを聞いてきた。結局飲み会の間、また深原さんと話す機会はなかった。クロワッサン同好会、とても気になるのに。
お会計をすませて外に出ると、まだ肌寒い。ここ、大和市は四月の中旬。この時期に一年生で上級生と合コンしてるなんて、なんてイケイケな大学生活の幕開けだろう。雅の人脈はすごい。というかモテ・ガールである。新歓で宮木さんが雅をナンパして知り合ったらしい。ここが私が宮木さんに対して気が進まない理由だ。タラシである。
男の子達がおごってくれたのでお礼をいう。宮木さんと亜利砂は上機嫌に歌を歌っている。
「さて、二次会どうしますかー。」
先頭を歩いてた宮木さんが振り返ったその時だ。
ガシャン。
「どろぼう!」
その声と同時に、びゅっ、と男が横を走り過ぎていった。私の足は勝手に動いていた。
男はバックを片手に持っていた。どうやら、声的に女性のバックが盗まれたらしい。後から聞いたのだが、女の人が自転車を止めようとしたところ、この男に手持ちのバックをひったくられたそうだ。
私は陸上部で鍛え上げられた脚であっという間に男に追い付くと、飛び膝蹴りをくらわした。
見事みぞおちに命中!
バックは吹っ飛び、近くの地面に落下した。男はうずくまってもがいていたところを、近くの人達に取り押さえられた。
繁華街が歓声に包まれる。
「すっごーい!!!」
「やるなあ!ねえちゃん!!」
雅達が駆けつけてきた。
「大丈夫!?のあ!!」
「よ!さすが四条高校のエース!!」
亜利砂が踊り出す。飲み会の間雅と話してた二人の男の子達が亜利砂を落ち着かせる。宮木さんはポカーンとしている。深原さんが言った。
「警察を呼びましょう。」

警察の事情聴取を受けた後に、近くのシャッターに寄りかかっていると、深原さんが近づいてきた。
「やあ、君は勇気があるけど、あぶないことはやってはいけないよ。」
深原さんの目は真剣だ。缶の温かいココアをくれた。
「いてもたってもいられなかったんです。」
「君はすごい。無事で良かった。」
深原さんが頭をなでた。くすぐったい。すると、さっきまで険しい顔だった深原さんの顔がゆるんだ。
「君は、なんていうか、走る姿が似合うね。真っ先にかえりみずに走っていく姿、非常にかっこよかった。なんていうかー。」
深原さんが夜空をみやげてつぶやくように言った。
「食パンのようだった。」
…食パン??私はポカンとする。クロワッサンといい、変わった人だ。興味をそそられる。
「わかった。命名しよう。君は今日から食パンだ。」
深原さんはにっこり笑った。
「クロワッサン同好会においで、食パン君。」
(つづく)


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