絶対王子は、ご機嫌ななめ

「橘さん。明日からは、もう少し早く出社してね」

「はい。すみませんでした」

結局初出勤の日から遅刻してしまい、円歌(まどか)ちゃんに注意を受けている最中。

実はこの円歌ちゃん、近所のお姉さんで。一緒に買い物やランチにも行くような間柄。

でも私が配属されたフロントの主任でもあるから、他の従業員やアルバイトの子たちの手前、仲良しなのはあえて表に出さないようにしている。

そして、この職場を紹介してくれたのも円歌ちゃん。

大学卒業間近になっても、就職先が決まらなかった私。

“働かざるもの食うべからず”がモットーの母親に、「どこでもいいから、すぐに働きなさい!!」と言われ。円歌ちゃんに泣きついたら「フロントに欠員が出たから、柚子さえその気なら社長に話してあげる」と、あれよあれよという間に入社することが決まってしまった。

「柚子、制服似合ってる。可愛い」

円歌ちゃんに耳元でコソッと言われ、照れくさくなって俯いた。

四つ違いの円歌ちゃんに小さい頃からずっと憧れていて、今でもその気持ちは変わっていなくて。美人で優しくて頼り甲斐がある円歌ちゃんと、まさか一緒に働けることになるとは。

大学で就職先が決まらなかったことを、感謝したい気持ちになってしまう。

あ、そうだ。政宗さんのこともあとで聞いてみよう。

クラブハウスに入っていったし、ここの常連さんかもしれない。だったら円歌ちゃんも知っているはず。

それに私の配属先はフロントだし、またそこで会えるかもしれない。

と、期待に胸弾ませていたんだけど……。

「今日はいろんな書類を記入してもらったり事務的な仕事の説明をするから、フロントに立つのは明日からね」

私の淡い期待は、一瞬で散ってしまった。円歌ちゃんも自分の仕事と私の指導に忙しく、世間話をするどころではなくて。

あっという間に、一日目の仕事は終わってしまった。




< 8 / 222 >

この作品をシェア

pagetop