B級彼女とS級彼氏

 第3話~彼の大きな掌~

 髪についたスライムを取るのに夢中になっていたせいで、人が入ってきた事に気付かなかった。しかも、今まで夜には来た事が無いと言うのに、今日に限って小田桐が店に来るなんて。

「いいから、それ置けって! な?」
「いや、別に……」

 まるで人質にナイフを突きつけた犯人に向かって必死で説き伏せる刑事の如く、いつになく慎重に言葉を選んでいる小田桐。その真剣な眼差しを見るとキリリと心が痛くなった。
 私は人質ではなく、ただ自分の髪を持っているだけ。せっかく盛り上がっている所をぶち壊してしまった様で、申し訳ないとか思ってしまった。

『それは恋の病だな』

 あいつの顔を見た途端、私は恵美ちゃんの言った言葉が頭を掠め、いつもの勢いで言い返すことが出来ない。何か勘違いをしているなとは思いつつも、私から決して目を逸らそうとしないその迫力に負け、仕方なく鋏を手放すとすぐにその鋏は小田桐に回収された。
 小田桐は安堵の息を吐き、そして厳しい視線を私に向けた。

「……一体、何があった」
「へ? 何も、無い……けど?」
「何もないわけ無いだろ!?」
「い、いや、本当に! これ! スライムが髪についてそれ取ろうとしてただけだって」
「はぁ?」

 小田桐に見せるように顔を横に向ける。スライムが髪にべっとり付着した部分を見せると、眉根を寄せながら小田桐が手を伸ばしてきたのが横目で見えた。

「――っ」

 途端、慎吾さんや店長でも何とも無かった私の身体に変化が現れた。手が触れそうになった時、小田桐のその大きな掌から逃れようと思わず身体を反り返す。自然と避けてしまったとは言え気分を害したのか小田桐は一瞬ムッとした顔をしたが、なおも私の髪に手を伸ばして来た。
 顔も強張り、心臓が大きく跳ねる音が自分でもわかる。呼吸をする事も忘れ、早く手を離してもらえる事をただひたすら願った。
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