一架さんと、千花さん
休日
今日も、一架がやってくる。

いつもの時間に、いつもの制服で、一架がやってくる。私の迎えにやってくる。


一架の家は、私の家の敷地内にあり、私の家まで徒歩5分ほどの所にある。

代々、従者が住んでいる家は、私の家から徒歩10分ほどの所にあり、「それでは遠い。不測の事態が起きた時に、すぐに対処できない」という、一架の進言により、新しく建てられたのだ。


「おはようございます、千花」

定刻になると、コンコンと軽くドアがノックされ、一架がやってきた。

「おはよう、一架」

ドアを開けると、軽く挨拶を済ませ、一架を部屋に招き入れる。


「一架は、ブラック?」

コーヒーを入れようと、棚にある瓶を取るために手を伸ばすと、後ろから別の手が伸びてきて、簡単に瓶を取られてしまった。

「あっ…」

軽々と瓶取られて、その上、すぐ後ろには一架がいる。高い所にあるものや、ちょっと危ない場所にあるものは、いつも一架が取ってくれるものの、その時の距離の近さに、私はいつもドキドキしてしまう。

「俺が淹れますよ」
「千花は座ってて」

後ろから耳元で話され、くすぐったく思いながら、赤くなった顔を悟られないように、キッチンを後にする。

しばらくすると、コーヒーのいい香りが漂ってきた。


「砂糖、多めです」

一架がコーヒーを持ってきた。

「ありがとう」

マグカップが二つ、コトンと小さく音を立てて置かれ、私は一架にお礼を言いつつ、本当なら、私がコーヒーを淹れるべきで、ここに座っているはずなのは一架なのだと、そんなことを考えていた。


私の家である七草家は、代々、一架の家である芹澤家に使えるお役目がある。

それは今も昔と変わらず、受け継がれてきたのだが、私が「友達が欲しい」と父にお願いしたところ、連れて来られたのが一架だった。

父としては、「将来、仕える主との顔合わせ」と言った意味で連れてきたものの、私は「友達」として連れて来てくれたのだと思い、お役目の話は聞いたけれど、そのまま友達として接している。


「一架の淹れてくれるコーヒーが、一番美味しい」

火傷をしないよう、少しずつ飲みながら、考える。

実際、私が淹れるよりも、一架が淹れてくれた方が美味しいし、私も嬉しくて、つい淹れてもらっている。


「ありがとうございます。」

コーヒーを飲みながら、一架が笑う。
一架が笑うと、私も笑顔になる。

たった一杯のコーヒーで、二人が笑顔になれるなら、そんなに幸せなことはないよね。


「そろそろ…ですね。」

一架が、部屋の置き時計を見ながら、呟く。

「時間です、行きましょう。」

一架に促されて、コーヒーを飲み干し、二人して部屋を後にする。


そこには、空になったマグカップが二つ。

そのマグカップは、明日も、二人の笑顔と幸せで満たされる。コーヒーの魔法。

〜完〜
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