名前を教えてあげる。


「…そう。母さんは俺に夢を託していた。小さい頃から俺は母さんにお医者様になれって言い聞かせられて育った。

母親側の秋津の家は医者の家系なんだ。
ヒロも昔は医者志望だったけど、血がダメで弁護士になったんだ。

俺が恵理奈と美緒の為に、もう1度頑張るって話せば、喜んでチャンスをくれると思う…」


順の話は、『あの人に頭を下げて赦しを乞うということ』だと美緒は解釈した。


「………」


なんて答えればいいのかわからなかった
。かといって、反対する理由もない。


胸に出来た黒い塊が、カレーライスを苦いものにする。


腑に落ちなかった。


家庭を持ちながら、親に援助してもらい、医学の道に進む。
そんなの、世間離れしてる、としか思えなかった。


だけど、自分にいい生活をさせてやりたい、と言ってくれた順の気持ちは、とても嬉しかった。

それにもしかしたら、医者の妻になれるかもしれないのだ。

皆に羨望の眼差しで見られることだろう。
子供の頃から人に『可哀想』と言われ続けた自分が。


少しの沈黙の後、

「どうだろう?今度の休みの日、恵理奈を連れて行かないか?」

順が口の両端を上げて訊くのに、美緒は「そうだね…」と俯き加減に答えた。





< 172 / 459 >

この作品をシェア

pagetop