名前を教えてあげる。


美緒は慌てて、その部屋に駆け込む。
ドアに嵌められた小さなガラス窓から見ても、誰の姿も見えない。



ーーもしかして……!


ドアを勢いよく開けた美緒は棒立ちになって、きゃあ!と悲鳴を上げた。

テーブルには、食い散らかした残骸やいくつかの汚れたグラス。ポテトや唐揚げは少し手をつけただけで残っていた。


「やられたあ…食い逃げだあ…」


呆然と立ち尽くす。

放置されたマイクが美緒を嘲笑うかのように、空になったグラスに逆さに立てて置いてあった。


「ムカつく…」


美緒は拳を握りしめた。
アルバイトをはじめて1年。

こんなことは今までなかった。





「ただいま…」


予定より3時間も早く帰宅した美緒が玄関でブーツを脱いでいると、暗いキッチンの奥の居間から明るい笑い声が聞こえてきた。


恵理奈の笑い声だ。
さらに光太郎の声もする。


仲良く遊んでる…


美緒は心からほっとした。
ひどい1日だと思っていたのに。


小さなカラオケボックスには、ダミーの防犯カメラしか付いていなかった。
店長がケチったせいだ。


食い逃げ、歌い逃げされた、と店長に電話で告げると、彼はあからさまに不機嫌になった。




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