名前を教えてあげる。


しかも、絵のすみには、マジックで『五百部恵理奈』と漢字で書かれていた。


「すごいですねえ。漢字教えていらっしゃるんですね。恵(けい)と理っていう字、難しいじゃないですかあ」


片山先生は、元気付けようとして言っている……と美緒は思う。
虐待の疑いをかけられた母親に同情し励まそうとして。


「教えてなんかいません。恵理奈が勝手に覚えたんです」

素っ気なく言った。


「そうですか。恵理奈ちゃん、すごく頭がいいですよね。
私、保育士になって10年目ですけど、恵理奈ちゃんみたいな子初めてです。

ここの保育園にある絵本は全部読んだみたいですよ。それで、粗筋をお友達にお話してあげるんです」


喋り続ける片山を振り切るようにして、美緒は恵理奈のいる園庭へと急ぐ。


時折見せる、幼児らしくない恵理奈の向上心……小学生向きの偉人の伝記や英文の絵本を欲しがったり。

美緒はそれを変わった趣味だとしか思わないのに、光太郎はなぜかムキになって嫌った。

『こっちが馬鹿にされているみたいだ』と言って。

光太郎の勘に触る恵理奈の本は、すべて押入れの天袋に仕舞われてしまった。





< 212 / 459 >

この作品をシェア

pagetop