名前を教えてあげる。
山陰・国分村へ旅立つ
光太郎が出て行ってから3日後。


美緒は娘の恵理奈を連れて、横浜駅から深夜バスに乗り、山陰地方にある島根県国分村へ向かった。


バスで県庁所在地まで行ったあとは、ローカル線とバスを乗り継いで、国分村を目指す。

国分村は、山あいにある小さな村だから、交通網はお粗末だ。

電車もバスも日に数えるほどしかないから、到着は夕方近くになってしまいそうだった。


もう何年も前に終了したイベントなのに、ファームステイをしたいという美緒の希望を国分村の役場の人は快く受け入れてくれた。


[以前、国分村に行ったことがある知り合いが国分五郎さんのお世話になり、とても親切な方だったというので、お願いしたいんですけど]


美緒がダメもとで送ったメールにも、承諾の返信をくれた。


奇跡のような偶然で生き別れた父親と逢えるチャンスを得たのに、美緒はすっかり気後れしていた。


変な人だったら、どうしよう……


単純な恐れと不安。

それは、美緒の本当の目的が農業体験ではないからだ。


金を借りる口実もまだ考えていなかった。

ーー大丈夫。五郎が嫌な人だったら、すぐに帰ればいい……


自分に言い聞かせた。

光太郎はあれきり、帰ってこなかった。
メールも電話も来なかった。





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