名前を教えてあげる。


「あれは池じゃないわ。宍道湖だわ。
シジミがたくさん採れるんだ」

向かいに座っていた灰色ずくめの老婆が、湖の名前を教えてくれた。


「ありがとうございます!」


恵理奈はぴょこんと頭を下げた。

娘に習って美緒も頭を下げ、ありがとうございます、と小さな声で礼を言った。


「ママ、あの湖、シジミがいるんだって!私、シジミのお味噌汁大好き!美味しいもん!」


恵理奈の無邪気な言葉に、車内にいた4人の乗客の顔が緩み、和やかな雰囲気になる。
皆、乗客は高齢者だった。


「可愛らしい子だあ」


杖を持った老爺が、うんうんと頷くのを見て、恵理奈は本当にいい子だと美緒は、つくづく思う。


読み書きだけではなく、場の雰囲気を読むのもうまかった。

恵理奈のことを光太郎が「生意気な子役みてえ」と言ったことがあったが、なんとなくわかる。


結局……
光太郎は、継子を受け入れるような大きな器じゃなかったんだんだ…


美緒は湖を眺めながら思う。
今でも光太郎には未練があった。

美緒は光太郎の笑うと目が垂れる愛嬌のある顔が好きだったし、尽くしてくれるセックスの仕方も好きだった。



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