名前を教えてあげる。
アキは美緒の生活を死んだ方がマシだと言った。
美緒は、通学バッグの外ポケットから色付きリップクリームを取り出す。
…行こう…猿島に。
叱られたって構わない…
財布を落として探していた、と言い訳しよう。
そう思いながら、乾いた唇に塗り始めた。
「ラッキーってね、お手も待てもなんにも出来ないの。
宅急便の人が来ても、吠えないし、ぼけっと見てるだけ。
おばあちゃんは『マヌケ犬』って呼んでた。酷いよね。
美緒はラッキー好きだった。
おじいちゃんだったから、なんとなく美緒のこと寛大な心で受け止めてくれてる気がして」
順の部屋で、美緒はベッドに腰掛けて言った。
手には、ショートケーキの皿。
順の母が差し入れてくれたものだ。
「俺も犬って、やっぱ日本犬が1番好きだな…」
既にケーキを食べ終えた順は、美緒の横にどさりと腰を降ろす。
さっきまで順は、自分の学習机に向かい、塾の課題の数学をやっていた。
独特の角ばった小さな文字で解かれたベクトル方程式を順の肩越しに見て、美緒はわけわかんなーい!、と言って順を笑わせた。
数学と英語が順の得意科目だった。