博士と秘書のやさしい恋の始め方
居住まいを正した先生にならって、私もきちんと先生のほうへ向きなおった。

なんだろう? やけにかしこまった様子だけれど。

「あなたに、きちんと話しておきたくて。というか……聞いてもらえるだろうか?」

「はいっ」

心痛な面持ちとは違うけれど、なんていうか……そう、神妙な面持ちだ。

私は先生のその表情にほんの少しだけ身構えた。

「あらためて言うまでもないのかもしれませんが。俺は山下さんの――あなたとのことを真剣に考えています」

思いがけない言葉だった。

もちろん、先生が私を真剣に想ってくれているのはよくわかってた、わかってる。

でも、こんな台詞を用意してくれていたなんて。

今一度、こんなふうに伝えてもらえるなんて。

「同じラボの人間同士で付き合うのは窮屈な思いをさせてしまうだろうし、色々な面倒も発生するかもしれない。それに、結婚となれば――本当にすまないが、あなたに異動してもらうほかない」

「結婚」という言葉とともに先生の誠実さが心に響いた。

人生は様々で私だって結婚がすべてだとは思わない。

けれども、少なくとも先生の未来予想図の中には私がいる。

それがはっきりとわかって嬉しかった。

そして、先生は私が思い描く将来を大事に思ってくれている。

私という人間を尊重して考えてくれている。

私の人生に、誠実に対等に関わろうとしてくれる先生の気持ちが嬉しかった。

「いろいろな困難はあるかもしれないが、一緒に解決していけると思っています。ですから、どうか俺に――いや、俺と付き合ってもらえますか?」

誰かに想われる幸せって、こういうものなんだ。

静かでまっすぐで、とても真剣な先生の眼差し。

瞬間――眼鏡の向こうのその瞳がちょっぴり不安げに揺れた気がした。

先生だって、私がどれだけ先生のことを想っているかわかってくれているはずなのに。

なのに、心が揺らめくのは――きっと、それが恋だから。

愛しいから揺らめいて、恋しくて、ときめいて。

私たちは今、きっとすごく恋している。

「よろしく、お願いします」

項垂れるように頭を下げると、先生にすっと引き寄せられた。

「ありがとう」

「こちらこそ……」


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