博士と秘書のやさしい恋の始め方
彼は茶化すでもなく、真剣に私の話に耳を傾けてくれた。

「けど、考えてもやっぱり“この瞬間だ”っていうのはわからないというか、断定できなくて……」

「なるほど。確かに“いつ”という時期を断定するのは難しそうだ。自覚症状が出たときが始まりとは限らないだろうし」

自覚症状なんて言い方、なんだか病気みたいじゃない? でも、“恋の病”なんて言い方もするか……。

そういえば、風邪をひいて病院に行くと「その症状はいつからですか?」なんて聞かれるけど、正確に答えるのは案外難しい。なんとなくぼんやりとはわかっても、正確には……。

「私、思ったんですけど、“あのときかも?”って思える瞬間がたくさんあることが重要なのかなって」

「というと?」

「なんていうか、小さな好きが何度も積み重なることで恋がうまれるっていうのかな? もちろん、世の中には一目惚れっていうのもあるかもしれませんけど。けど、私にとっての恋は、静かにじわじわ始まるものなのかなって……」

いつ? いつから? そんなことはわからない。

だって――恋は静かにおとずれて、気づけばそこにあるものだから。

「あなたのその理屈でいくと――」

「え?」

「恋とは成長するもの、とも考えられる。“好き”のエピソードを重ねていくことで、いっそう強固な感情になるというのかな? いや、恋に強固という言葉は不似合か……」

彼の言わんとすることがよくわかった。そして、すごく――。

「私、なんていうか――すごくわくわくしてきました」

「わくわく?」

「これかも靖明くんとたくさんの“好き”を重ねて、ずっとずっと恋していたいなって」

冷めることも、先細ることもなく、かけがえのない想いをいつまでもふんわり膨らませていたい。

「そう言われると、確かに――進化させていくのが楽しみだ」

彼はそう言って愉快そうに笑うと、私の頭をわしわしと撫でた。

「幸運だな、俺は。あなたと恋を始められて」

その言葉に胸がキュンとときめいた。あ、こうして“好き”がまたひとつ……。

「私のほうこそ……」

心から、思ってる……。

< 215 / 226 >

この作品をシェア

pagetop