博士と秘書のやさしい恋の始め方
「たぶん今年もそろそろ中央棟の1階ロビーに園児が作ったお化けカボチャが飾られるのではないか? そこが仮装行列の終着点で写真を撮ったりするらしい。仕事の調整ができる保護者は見にきてやって欲しいということで、去年は三角さんも行っていたと思うが」

「なるほどですね」

ちょっとした福利厚生とでもいうのかな。

所内にある保育園だし、そういったところはわりと融通をきかせてもらえるのかも。

うちのラボの場合は、テクニカルさんたちが気持ちよく働けるように(有能な人材になんとしても留まってもらえるように)という布川先生の方針もあるし。

「しかしまあ、文章が手書きでなくてワープロ打ちとはな」

彼は便せんならぬA4用紙を手に取ると、しげしげと眺めた。

「駿くん、“アクヒツ(悪筆)で恥ずかしいので”って。沖野先生が言ってました」

「どんな六歳児だ……」

「どんなって、よくご存知でしょ? 駿くんね、私がそこそこ書道ができるって知って、なんか気にしちゃったみたいで」

「とんだマセガキだな……」

「ん? 何か?」

「いや、何も」

「ふーん」

靖明くんは、とんだ大人げないやきもちやきですよ。なーんて、意地悪を言うのはよしておいた。

「それでですね、お願いというかご相談なんですけど」

「俺に?」

「そうです。“田中先生”に、です」

職場ではもちろん彼のことを「先生」と呼んでいるけど。プライベートだと、今はもうしっくりこないこの呼び方。

その違和感が妙におかしくて、どこかほんのり甘酸っぱい。

「ハロウィンイベント、私も見に行っていいでしょうか? 仕事を抜けるというか、11時半くらいということなので、昼休みをずらして取らせていただくかたちで。ラボにはご迷惑がかからないようにしますので……どうでしょう?」

< 219 / 226 >

この作品をシェア

pagetop